〇神保 茉里有、松本 侑士、長谷部 健太、曽 厚嘉、藤本 尚志、大西 章博
(東京農業大学大学院 応用生物科学研究科 醸造学専攻)
バクテリオファージ(以下、ファージ)は細菌を溶菌する性質を持つウイルスである。バクテリオファージ療法(Bacteriophage Therapy)は細菌感染症の治療法のひとつで、病原となる細菌をファージにより特異的に溶菌する技術である。ロシア、ポーランド、ジョージア(旧グルジア)では細菌性疾患に古くから使用され、宿主とファージに関する研究成果が蓄積されている。ファージは細菌に対する特異性が高いことが知られている一方で、生態や宿主域、感染機構に関する基礎的な知見は不十分である。本研究ではバクテリオファージ療法を臨床、農業、食品、醸造分野に適応するための基礎的検討を実施した。まず、宿主とファージのライブラリーを構築するための分離源を評価した。大腸菌Escherichia coli、Staphylococcus aureus、Enterobacter cloacaeなどの微生物を溶菌可能なファージの分離源を探索し、生活排水から大腸菌に対して溶菌能を示す複数のファージを分離した。また、溶菌能の高いファージを選抜して食品加工工程への適用性について評価した。更に、ファージ療法の醸造環境への適用性について検討した結果についても報告する。
【Key words】Bacteriophage、大腸菌、バクテリオファージ療法
【分野】4. その他(新技術開発)
〇稲村 太郎
(三和酒類株式会社 SCM本部)
「日本酒に山田錦や五百万石があるように、麦焼酎も良い原料から造りたい」を合言葉に、1994年(平成6年)から大分県の産官連携で焼酎醸造好適大麦を選抜するプロジェクトが開始された。焼酎用大麦の評価方法がなかった時代に、評価指標を設定することから始め、当時実用化されていたビール用大麦を含む15系統から、優良系統として二条大麦「ニシノホシ」が選抜されてから25年が経過した。品種選抜後、品種登録、大分県での奨励品種登録を経て、原料「ニシノホシ」を使用した大分麦焼酎「西の星」の開発・発売をしてきた。以降、地元大分県宇佐地区でのJAや行政と連携した栽培普及活動と生産者様の栽培技術向上により、作付面積と単収は年々増加しており、一定の成果を上げてきた。その一方で、大分県宇佐地区が焼酎醸造大麦の優良産地として持続的に発展していくためには現状では課題が存在する。本報告では、選抜から現在までの経緯と得られた成果と現状の課題を報告するとともに、将来の展望に触れる。
【Key words】焼酎、原料大麦、地域社会
【分野】4. その他
〇浅井 良樹、竹内 美穂、村椿 達哉、戸所 健彦、石田 博樹(月桂冠株式会社)
日本酒やビールは互いにお酌するという文化がある。若い世代の宴会離れが進んでいる一因として、お酌を強いられる状況に苦手意識を抱く人が多いことが挙げられる。そこで、お酌と手酌が及ぼす心理的な影響の違いや、その世代間でのギャップを脳波計とアンケートで検証した。脳波計には感性アナライザ(電通サイエンスジャム社製)を用い、「快適さ」「食べたい」「ストレス」などの指標を観察した。
まずお酌された場合と手酌した場合の「食べたい」度合いを比較したところ、勤続年数が長い人ほどお酌の方が、勤続年数が短い人ほど手酌の方が「食べたい」度合いが高い傾向にあった。また手酌した際は、隣にいる人の勤続年数が自身より長いほど「快適さ」が下がる傾向がみられた。これらは若い世代のお酌への苦手意識が反映された結果となった。またアンケートでは、お酌をする場合もされる場合も、相手の勤続年数が近い場合は好意的な印象を持つ人が多い一方、勤続年数が離れた相手に対しては落ち着かなさを感じる人が多いようであった。
今回の結果はあくまでも全体的な傾向を表しており、各個人に必ずしも当てはまるわけではないが、若い世代は手酌の方が気軽に楽しめる場合が多いようだ。宴会に手酌を取り入れれば若い世代の参加率向上に繋がるかもしれない。一方で気心の知れた年齢の近い相手にはお酌のハードルが下がることから、普段相手にどれだけお酌しているかが影響しているかもしれない。
【Key words】日本酒、お酌、心理、文化
【分野】4. その他
〇フルニエめぐみ
(Vieille Vigne(ヴィエイユ・ヴィーニュ))(フランスで事業登録している屋号です)
生産者はワインの質を高めることができるのに対して、ソムリエはワインの価値を高めることができます。どのようなワインも必ずその生産はぶどう畑からスタートしているからこそ、ソムリエがぶどう畑のことをよく知り、独自のワイン観でお客様にお伝えすれば、そのソムリニエにしかできない、そのお客様に対する、そのワインの価値の高め方になります。そんな多様なソムリエを支える基本的な知識の共有をすることが、ワイン文化に対するVieille Vigneの姿勢です。今日はブルゴーニュワインについて見ていきながらソムリエとして、ぶどう畑と醸造の関係の面白さを噛み締めたいと思います。
・ブルゴーニュワインとは
・ブルゴーニュワインにとっての醸造
・ぶどう畑の区画の独自性
・高樹齢のぶどう樹
【Key words】ワイン、ぶどう畑、ソムリエ
【分野】3. 経営・マネージメント
〇丸山 裕慎
(三重県工業研究所)
2020年に国税庁が地理的表示「三重」を指定した。酒類における地理的表示(GI)とは、国税庁が定める酒類の確立した品質や社会的評価がその酒類の産地と本質的なつながりのある場合において、その産地名を独占的に名乗ることができる制度のことであり、GIの指定を受けることにより、「地域ブランド」としての価値向上や輸出拡大が期待できる。しかしながら、GIを得ることが目的ではなく、GIを得てから、どのようにブランディングしていくかが最も重要なことは言うまでもない。
三重県では、GI「三重」を推進するにあたり、ソムリエの協力が必須という考えのもと、2年間でソムリエとともに多くのプロモーションを行ってきた。本大会ではそこで得た価値ある知見を、酒造業界全体で共有したい。
【Key words】GI三重、輸出、ソムリエ
【分野】3. 経営・マネージメント
〇石川 瑞季、岡 南海、曽 厚嘉、藤本 尚志、大西 章博
(東京農業大学大学院 応用生物科学研究科 醸造学専攻)
グラム陰性細菌のMegasphaera属は醸造業界ではビールを変敗させる微生物として知られている。また、複数の菌種で構成される系統グループの間で生息域や特徴に違いがあるようであり、近年種提案件数が増加している興味深い系統群でもある。Megasphaera属でこれまでに提案されている14菌種のうちM. cerevisiae、M. paucivorans、M. sueciensisの3菌種はビールから単離されており、代謝物として異臭味の原因となる脂肪酸や硫化水素を生産するので早期発見と排除が必要である。他の菌種は、人や動物の消化管内、臨床検体、嫌気性消化物などの嫌気的環境から単離されている。本研究ではMegasphaera属のうち乳酸消費能力と水素生成能力を併せ持つM. elsdeniiを利用し、乳酸駆動型水素発酵技術の開発を試みる。これまでにMegasphaera属のモニタリング技術を開発し、水素生産能力を評価した。M. elsdeniiはグルコースまたは乳酸を基質として消費し、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、CO2を生成しながら水素を生産した。人工合成培地を用いた純粋培養系では消費基質あたり約2 mol H2/mol-hexose、0.8 mol H2/mol-lactateの収率で水素を生産した。本微生物は乳酸菌などの雑菌の存在下でも乳酸を炭素源として安定的に水素を生成できることから、バイオ水素生産の社会実装が期待できる。
【Key words】Megasphaera属、乳酸駆動型水素発酵、バイオ水素生産
【分野】2. 醸造応用(新技術開発)
〇川口 航平1, 2、磯谷 敦子1, 2、ボルジギン ソリナ2、長船 行雄2、向井 伸彦2
(1広島大学大学院・統合生命科学研究科、2(独法)酒類総合研究所)
【背景・目的】近年、清酒を蔵内で数年~数十年の単位で熟成させた長期熟成酒を製造・販売するメーカーが増加している。熟成酒は貯蔵とともに熟成香とよばれる複雑な香りへと変化し、sotolonをはじめ様々な成分の寄与が報告されているが、全容は明らかではない。本研究では、熟成香に寄与する新たな成分の探索、官能特性と成分の関連性の解明を目的とした。
【方法】市販熟成酒の官能評価を実施し熟成香の特徴ごとに選定した試料について、最適抽出条件の検討やGC-Olfactometryによる寄与成分の探索、同定成分の定量を行った。
【結果】カラメル様、醤油様臭、甘臭、焦臭の特徴が顕著な試料を選定した。カルボニル化合物やエチルエステル類などが同定され、benzyl mercaptanをはじめとするチオール類が新たに推定・同定された。定量の結果、例えば、甘臭の試料ではmethional量が高く、dimethyl trisulfide量が低めの傾向があり、熟成香の特徴ごとの相違が確認された。
【Key words】長期熟成酒、熟成香、GC-Olfactometry
【分野】2. 醸造応用
〇福田 萌々花1、松波 咲代2、古谷 真帆2、眞榮田 麻友美2、前橋 健二1,2、
𠮷川 潤1,2
(1東京農大院・醸造学専攻、2東京農大・醸造科学科)
エリスリトール(ERT)は糖アルコールの一種であり、機能性甘味料として利用されている。工業的には耐糖性酵母により発酵生産されるが、味噌中にもわずかに含まれることが知られている。しかしながら、味噌は生産される地方や原料によって異なり、味噌製品間でのERT含量の比較はされていない。そこで本研究では、HPLCを用いて全国各地の味噌に含まれるERT濃度を網羅的に定量した。さらに、米麹中のERT含量も同様に確認した。
糖アルコールの分析には日立社製HPLCシステムならびに示差屈折検出器を用いた。分析カラムにはCa2+型配位子交換カラムを使用した。分析に供する味噌浸出液を基準みそ分析法に準じて調製した。全国各地で製造された味噌18種を分析した結果、17種から0.0177~0.350%の濃度でERTが検出された。また、全ての味噌から0.177~1.04%でグリセロールが、数種の味噌からわずかにその他の糖アルコール類が検出された。ERTが比較的高い濃度で含有していた京都の白味噌や東海地方の豆味噌は、原料や仕込条件から酵母による熟成中の発酵作用が期待されない為、米麹の抽出液を分析したところ、比較的高濃度でERTが検出された。さらに、分析に供した米麹を原料として白味噌と同様に仕込みを行い、そのERT含量を確認した。
【Key words】味噌、エリスリトール、麹菌
【分野】2. 醸造応用
〇織田 健1)、島本和美1)、田崎三香子1)、嶋本孝平2)、弓場一輝2)、木ノ上隆太2)、
岩下和裕1,2)、赤尾健1,2)
(酒類総合研究所1)、広島大院・統合生命2))
麴菌の実用育種においては、主として変異の導入には薬剤やUVを使用することが多いが、目的外にも影響を及ぼすことが多く他の手法が望まれている。近年、CRISPR/Cas9 システムを利用したゲノム編集が実施され、麴菌においても例外なく導入されている。我々は、将来的な実利用の観点から、Cas9タンパク質を直接導入するゲノム編集系を構築し、共ゲノム編集技術を開発した。その技術を応用し麴菌の2次代謝生産の改変を軸として、遺伝子組換えで一般的に実施される技法がゲノム編集で可能かを確認した。
RIB40株のコウジ酸の生産性改変を指標として、制御遺伝子hstDの遺伝子破壊、コウジ酸クラスターの転写因子(kojR)への制御可能なプロモーターのノックイン、コウジ酸クラスターの小規模領域欠失(kojA-kojT間の約6kbp)を実施した。さらにアフラトキシンクラスター(65.6kb)を対象として大規模欠失を実施した。また、エルゴチオネインの誘導生産系の構築を相同組換えにより実施した。遺伝子組換えにて汎用される技法がゲノム編集でも実施可能であることが確認され、このような技術を応用すれば、将来的に多様な形質を付与した麴菌の育種が可能となり、実利用に繋がると期待される。
【Key words】麴菌、ゲノム編集、育種
【分野】2. 醸造応用
〇長澤 成輝1、吉竹 彰虎2、渡邉 泰祐1.2、荻原 淳1.2
(1日大生資科・生命化、2 日大院生資科・生資利用)
Moniliella megachiliensisは、エリスリトール生産性を有する担子菌系酵母の一種である。最近、生育が低下するほどの窒素源低濃度時において、本菌が細胞外にエリスリトールを排出することを見出したが、その排出促進機構は不明である。出芽酵母等の研究から窒素源飢餓条件では細胞膜の流動性が変化することが知られていることから、本菌における細胞膜脂肪酸組成と培地中の窒素源濃度との関連性を調べた。供試菌株として、M._megachiliensis SN-124A株を用いた。グリセロール30%一定のもと、Yeast Extract (YE) 0.5%、2%での培養時における脂肪酸組成の比較を行った。その結果、YE濃度に関わらず不飽和脂肪酸の割合が高く、オレイン酸 (C18:1) の割合が最も高かった。0.5%YEの方が2%YEよりもオレイン酸 (C18:1) の割合が低く、パルミチン酸 (C16:0)、ステアリン酸 (C18:0) の割合が高い傾向がみられた。以上の結果から、窒素源低濃度条件におけるエリスリトール排出の促進には、飽和脂肪酸の比率が高いことが関与している可能性が示された。一方、本菌は二形成酵母であるが、偽菌糸形成率は培養初期に最も高く、同時期に不飽和脂肪酸の割合が高い傾向を示した。同時期に不飽和脂肪酸の割合が高い傾向を示した。細胞膜脂肪酸組成の変化とエリスリトール漏出ならびに細胞形態との関連性に注目していく。
【Key words】酵母、細胞膜脂肪酸組成、エリスリトール排出機構
【分野】1. 醸造基礎
〇大長薫 , 弘埜陽子, 菊川寛史, 田村謙太郎, 原清敬(静岡県立大学大学院・薬食生命
科学総合学府・環境科学専攻)
現在、微生物を用いた有用物質生産において、代謝工学的な改変により特定の物質の生産性を向上させる研究が広く行われている。我々は、物質生産性をさらに向上させるために、微生物のエネルギー代謝の改善に取り組んでいる。本研究では、出芽酵母内に存在する酸性オルガネラである液胞に注目した。液胞膜には、液胞内部を酸性に維持するために ATPを消費して液胞内にプロトンを輸送するV-ATPaseという膜タンパク質が存在している。我々は、高度好塩菌由来の光駆動型プロトンポンプであるデルタロドプシン(dR)を出芽酵母の液胞膜に発現させ、光エネルギーを用いたプロトン輸送機構の導入を試みた。この機構の導入により、液胞膜におけるATP消費を抑え、節約された ATPを利用した生体内有用物質生産の補強を目指した。生体内有用物質の指標としてはグルタチオン(GSH)を用いた。
試験の結果、BY4741株にdRを発現させた株では、control株に対して細胞内GSH濃度が上昇した。しかし、光照射とdR発現による細胞への効果の関係性は見られなかった。また、V-ATPase破壊株を作製し、プロトンポンプ機構の代替としてdRを発現させた株では、より細胞内GSH濃度が上昇したが、非破壊株と比較して細胞の増殖が大幅に遅れた。
【Key words】出芽酵母, ロドプシン, 液胞
【分野】1,醸造基礎
〇加藤友乃晋、鈴木健一朗、友永佳津子、渡邉康太、門倉利守、中山俊一
(東京農業大学大学院・醸造学専攻)
出芽酵母の細胞膜は、リン脂質とエルゴステロールが主成分である。清酒酵母においては、リン脂質中の脂肪酸を不飽和化するために必要なOLE1 遺伝子が高発現していることやエルゴステロールの含有量が高いことが知られているが、清酒醸造においてこれらの性質がどのような影響を及ぼしているかは明らかではない。そこで、脂肪酸不飽和化酵素をコードするOLE1 とエルゴステロール生合成に関与するERG24 遺伝子破壊株を取得し、これらの遺伝子が酒質に及ぼす影響について調べた。
それぞれの遺伝子は致死遺伝子であるため、二倍体であるK901の片方の遺伝子のみをAureobasidin耐性遺伝子を用いて相同組み換えにより破壊した株を作製し、清酒の小仕込み試験を行った。その結果、OLE1 遺伝子破壊株は親株と比較しアルコール生成と香気成分において差は見られず、ERG24 遺伝子破壊株では親株と比較し、香気成分である酢酸イソアミルが2.3倍の増加した。
【Key words】清酒酵母、OLE1、ERG24、遺伝子破壊、清酒醸造
【分野】1.醸造基礎
〇平松 健太郎1、門岡 千尋2、森 一樹3、田代 康介3、奥津 果優1、
吉﨑 由美子1、髙峯 和則1、玉置 尚徳1、二神 泰基1
(1鹿児島大院・農林水産、2崇城大・生物生命、3九大院・農)
枯節製造におけるカビ付けの方法は、優良カビを噴霧する方法とカビ付け室で自然に生育するカビを用いる方法がある。先行研究において、後者の方法でカビ付けを行った枯節表面の菌叢解析が行われ、Aspergillus chevalieriの有性世代の菌株が優勢であることに加えて、無性世代の菌株も存在していることが分かった。一般的に鰹節の製造に用いられるカビは有性世代であることが知られている。先行研究における無性世代のA. chevalieriは、カビ付け室という鰹節カビにとって生育しやすい環境で有性生殖の能力を失ったために出現したのではないかと考えた。そこで本研究では、A. chevalieriの生活環に関わる遺伝子の同定を目的とした。
まず、A. chevalieriの有性世代と無性世代の菌株のゲノムを比較したところ、無性世代の菌株には4つの遺伝子に機能が失われるような大きな変異が入っていることが示唆された。A. chevalieriの有性世代の菌株において、これらの遺伝子を破壊すると無性世代に移行するかどうかを調べるために、CRISPR-Cas9とマーカーリサイクルを利用して、ATPサルフリラーゼをコードするsCと非相同末端結合修復に関わるligDのノックアウト株を構築した。今後は構築した株の形質転換効率を調べる予定である。
【Key words】Aspergillus chevalieri、生活環、ゲノム編集
【分野】1. 醸造基礎
坂口 雅和1、片岡 涼輔2、〇古川 友暉1、渡邉 泰祐1,2、荻原 淳1,2
(1日大・生資科・生命化、2日大院・生資科・生資利用)
泡盛の特徴香の一つである1-octen-3-olはキノコ様の香気を示すC8化合物であり、黒麹菌Aspergillus luchuensisによって生合成されることが示されている。本化合物はリノール酸を出発物質として生合成されると考えられている。Aspergillus nidulansにおけるオレイン酸不飽和化酵素odeAは、オレイン酸の不飽和化によるリノール酸の生合成への関与が報告されている。黒麹菌ゲノムデータベース上においてA. nidulans OdeAのアミノ酸配列に対して相同性の高い遺伝子を見出し、AlodeAと名付けた。A. luchuensis ΔligDを親株としてアグロバクテリウム法による形質転換で、A. luchuensisのodeA破壊株(ΔAlodeA株)を作製した。Glucose Minimal Medium(GMM)寒天培地において、ΔAlodeA株は親株よりも生育が悪化し、分生子形成量が減少した。GMM液体培地で培養した親株からはオレイン酸とリノール酸が検出されたが、ΔAlodeAからはリノール酸が検出されず、1-octen-3-olの生産能力を欠損していた。従って、AlodeAはリノール酸と1-octen-3-olの生合成に関与することが明らかになった。一方、ΔAlodeA株で調製した麹からはリノール酸と1-octen-3-olが検出されたことからΔAlodeA株は米に含まれるリノール酸を細胞内に取り込んで1-octen-3-olの生合成に利用していると考えられる。
【Key words】黒麹菌、オレイン酸不飽和化酵素、1-octen-3-ol
【分野】1. 醸造基礎
〇井上太雅1、山口正晃1、門岡千尋2、奥津果優1、吉﨑由美子1、髙峯和則1、後藤正利3、玉置尚徳1、二神泰基1 (1鹿児島大学大学院農林水産学研究科、2崇城大学生物生命学部、3佐賀大学農学部生物資源科学科)
白麹菌 Aspergillus luchuensis mut. kawachii は分泌型のα-アミラーゼとして、非耐酸性α-アミラーゼ(AmyA)と耐酸性α-アミラーゼ(AsaA)を生産する。加えて、白麹菌のゲノムにはもう1つ分泌型のα-アミラーゼをコードすると推定されるamyB遺伝子が存在する。本研究では、白麹菌のAmyBの機能を明らかにすることを目的とした。まず、白麹菌のΔamyB株に顕著なα-アミラーゼ活性の低下は見られなかった。しかし、ΔamyAΔasaAΔamyB株の培養上清におけるα-アミラーゼ活性は、ΔamyAΔasaA株のα-アミラーゼ活性よりも低下した。この結果から、AmyBは白麹菌におけるα-アミラーゼの総活性にわずかに寄与していることが示唆された。次に、amyBのcoding sequenceをRNA-seqのマッピングデータで確認したところ、イントロン予測に誤りがあり、AmyBのC末端側にGPIアンカーが付加すると予測されるアミノ酸配列の存在が明らかになった。また、イントロンが実際にスプライシングを受けていることはRT-PCR産物を用いたシーケンス解析で確認できた。そこで、ΔamyAΔasaA PamyA-amyB株の菌体から細胞膜画分を調製してα-アミラーゼ活性を測定したところ、ΔamyAΔasaA株と比べ26倍以上の高い活性を示し、AmyBがGPIアンカーにより細胞膜に局在している可能性が示唆された。
【Key words】白麹菌、α-アミラーゼ、GPIアンカー
【分野】1. 醸造基礎
〇田上 潤乃、脇中琢良¹、松谷峰之介²、渡部潤³、茂木喜信¹、徳岡昌文、大西章博
(東京農大院・醸造学専攻、¹ヤマサ醤油(株)、²東京農大ゲノムセンター、³福島大・農学群食農学類)
バクテリオファージ(以下、ファージ)は細菌に感染するウイルスで、発酵食品の製造現場ではファージ汚染対策が課題とされている。本研究では醤油乳酸菌Tetragenococcus halophilusYA163株のファージ耐性株獲得と耐性機構の解析を目的とした。YA163株のUV照射処理(非接触法)によるファージ耐性株の獲得率は0.85%であった。得られたファージ耐性株YA163UV8株と親株間で、増殖能と乳酸生成能に大きな差異はなかった。ゲノム解析の結果、コリントランスポーター遺伝子が5塩基欠損していることが示された。このことがファージ耐性に寄与している可能性が示唆された。CRISPR領域の評価を目的としてPrimer Setを設計し、目的領域約16 kbpの増幅を確認した。今後は接触法でのファージ耐性株獲得を試みるとともに、CRISPR領域の多様性評価手法を検討する。
〇小畑龍太郎1,2、小松夕子2、平𠮷明日香2、小林拓嗣²、岩下和裕1,2
¹広島大学大学院統合生命科学研究科、²独立行政法人酒類総合研究所
【目的】清酒はきき酒により評価されるため、様々な醸造条件と清酒品質の関係は個人の経験として蓄積し、結果として製造工程改善や新商品開発は杜氏の経験、資質に依存してきた。そこで我々は、清酒メタボロームデータを利用することで、未同定ピークも含めて醸造条件と清酒メタボロームの関係を日本酒醸造ビックデータとして蓄積した。これまでに、5-アミノレブリン酸(5-ALA)高含有清酒を例として、短期間での新商品の開発等を試みている。先の研究で、日本酒醸造ビックデータ中の5-ALAを新規同定し、生成条件を検索し、小仕込み試験による検証実験で、胚芽添加により5-ALA高含有清酒を醸造できることを確認した。本研究では、さらにプラント規模での醸造試験を行ったので報告する。
【方法・結果】小仕込み試験結果をもとに、総米100kgのプラント規模で、胚芽添加区と、何も添加しない対象区での仕込みを行った。その結果、胚芽添加区で既報の通り発酵が促進し、発酵期間が短くなったが、5-ALA高含有清酒を醸造することが出来た。さらに、胚芽添加区ではマスカット様、ライチ様等の指摘が主要となり、新たな特性を有した清酒製造の可能性が示された。現在、胚芽添加区および対象区のメタボローム解析を行っているので報告する。
【Key words】メタボローム、Data Driven、5-ALA
【分野】1. 醸造基礎
〇六倉春樹 進藤斉 穂坂賢 徳岡昌文
(東京農大院・醸造学専攻)
甘酒は日本の伝統的な醸造食品であり、滋養のある飲料として親しまれている。最近では機能性成分などに興味が持たれていることから、我々は甘酒中のオリゴ糖を詳細に解析した。初めに活性炭を用いた前処理法を検討し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)-質量分析計(MS)による分析に適した試料調製法を構築した。次に市販甘酒5点についてオリゴ糖分析を行ったところ、重合度2~6のオリゴ糖を検出することができた。さらにこれまでに甘酒からの検出報告が無い3糖のニゲルシルグルコース、セントース、4糖のイソマルトシルマルトース、イソマルトトリオシルグルコースが検出されたことから、甘酒には清酒と同様に、糖転移により生成する多様なオリゴ糖が含まれることを確認した。一方で、清酒には含まれない直鎖のマルトオリゴ糖が検出された試料もあったことから、清酒よりも短期間で糖化を行う甘酒の製造工程の特徴を反映していると考えられた。
【Key words】甘酒、オリゴ糖、質量分析
【分野】1. 醸造基礎
〇牧浦 知輝,松谷 峰之介1,曽 厚嘉,藤本 尚志,大西 章博
(東京農大院 醸造学専攻,1東京農大 ゲノムセンター)
Prevotella 属はBacteroidota 門に属する嫌気性グラム陰性桿菌である。Prevotella 属は現在58菌種から構成され、大部分はヒトや動物から単離されたのに対し、環境試料から単離されたものは4菌種のみである。仲田ら(醸協,2022)はビールを混濁させるビール増殖菌を単離し、Prevotella cerevisiaeとして新種提案している。本研究ではその近縁菌種と考えられる微生物を嫌気環境から単離したのでその特徴を報告する。LPYR103-Pre株は東京農大の二相式メタン発酵システム(食品廃棄物を1日100㎏処理)の酸生成槽から単離した。16S rRNA遺伝子のほぼ全長を決定した結果、最も類縁性の高い系統群はP. cerevisiaeで、相同性は94.2%(1332/1413)だった。また、ゲノム配列を解析した結果、ゲノムサイズは3.3Mbpだった。GC含量は44.0%で、Prevotella 属の36.4-55.9%の範囲内だった。P. cerevisiae SBC8034T株とのANI値は77.91%だった。糖からの酸生成及び酵素活性を評価した結果、LPYR103-Pre株はSBC8034株に比べて資化できる糖類の種類が少なく、β-glucuronidase及びα-fucosidase活性に差異が確認された。これらの結果から、LPYR103-Pre株はP. cerevisiae に近縁な新規の系統であると考えられた。今後、当該微生物の生理的性質と生態を解析し、環境中における機能的役割の解明を行う予定である。
【Key words】Prevotella 属、二相式メタン発酵、食品廃棄物
【分野】1. 醸造基礎(微生物)
〇宍倉 竜樹、浅井 拓也、窪寺 隆文、明石 貴裕
(白鶴酒造(株))
【目的】ニンニク摂取後の呼気には特有の不快臭(ニンニク臭)があり、その主要な成分の一つにAllyl methyl sulfide(AMS)が知られている。体内のAMS生成機構では、S’-Adenosylmethionine(SAM)からMethyltransferase(MTase)を介したAllyl mercaptanへのメチル基の供与でAMSが生成すると考えられており、発酵食品由来のMTase阻害素材は報告されていない。我々はMTase阻害素材として、SAMの熱分解生成物である5’-Methylthioadenosine(MTA)に着目し、SAMを高含有することが知られている酒粕を加熱処理し、in vitroでのAMS発生試験で、非加熱(生)及び加熱処理した酒粕のAMS生成への影響を解析した。また、加熱処理した酒粕とニンニクの摂取試験を行い、AMS生成量を測定した。
酒粕中のSAMは、120℃15分の加熱処理によって完全に分解され、MTAが生成した。 In vitroでのAMS発生試験の結果、加熱処理した酒粕の添加によりAMS発生量は有意に低下した。一方で生の酒粕添加はAMS発生量に影響しなかった。官能評価では、生及び加熱処理した酒粕の添加により、いずれもニンニク臭が低下していたので、AMS以外の成分も臭気へ寄与している可能性が考えられた。摂食試験では、加熱酒粕の摂取により呼気中AMS濃度が減少する傾向が確認されたので、加熱処理した酒粕の摂取は、ニンニク摂取後のニンニク臭発生を低減する可能性が示唆された。
【Key words】酒粕、ニンニク、Allyl methyl sulfide
【分野】1. 醸造基礎
○伊川秀治1, 2・中山凛3・藤田剛嗣1・河野邦晃1・奥野博紀1・志水勝好2, 3・髙峯和則2, 3
(1霧島酒造株式会社・2鹿児島大学連合農学研究科・3鹿児島大学農学部)
演者らが育種したサツマイモ「霧N8-1(N8)」は、対照のコガネセンガン(Ks)およびジョイホワイト(Jw)と比べてネリル、ゲラニル、リナリルおよびα-テルピニル配糖体を塊根中に高含有する。N8を用いた芋焼酎の醸造では,遊離モノテルペンアルコールが対照と比べて二次もろみ中に高濃度に含まれ、中でもリナロール(L)およびα-テルピネオール(T)は特に高かった。太田ら1)は、Ksの塊根中に含まれるリナリルおよびα-テルピニル配糖体は麹菌のβ-グルコシダーゼでは加水分解しないと報告している。これらのことから、N8塊根中のリナリルおよびα-テルピニル配糖体にはグルコシドが多く含まれていることが示唆された。そこで、サツマイモを蒸煮後、凍結乾燥し粉末化したN8およびKs、Jwに市販酵素剤のβ-グルコシダーゼ(東洋紡績㈱)とアロマーゼ(天野エンザイム㈱)を作用させ、遊離したLおよびTをGC-MSで定量した。その結果、N8はKsと比べてLとTがそれぞれ158.8倍と5.6倍、Jwと比べて19.5倍と2.7倍であった。またリナリル-β-グルコシドの塊根中分布はN8およびJwは中心部に多く、Ksは表皮および中心部に多く分布しており、その分布には品種間差が認められた。
1) 太田ら,醸協,vol.86,250-254 (1991)
【Key words】芋焼酎用原料芋、霧N8-1、モノテルペン配糖体
【分野】1. 醸造基礎
○阿萬 尚弥1、越智 洋1、福良 奈津子1、須崎 哲也2、橋谷 薫2、壱岐 侑祐3
(1宮崎県食品開発センター、2宮崎県畜産試験場、3宮崎県畜産試験場川南支場)
宮崎県内で発生する焼酎粕等の食品廃棄物に、当センターで分離を行った発酵食品由来の乳酸菌Lentilactobacillus buchneri ML530株を添加し、乳酸発酵させることによって、抗ストレス作用を持つとされるγ-アミノ酪酸(GABA)、肝機能改善効果の報告があるオルニチンを多く含むエコフィードを製造する方法を検討した。また、製造したエコフィードを、牛や豚に給与することで、家畜の成育にどのような影響が生じるのかについても検証した。
その結果、焼酎粕とおからを混合し、乳酸菌ML530株を添加して1か月ほど乳酸発酵させると、GABA及びオルニチンが1,000 mg/L以上産生され、pHが低い状態を保てるため、保存性も問題ないことが分かった。さらに、家畜へ給与しても成育に影響はなく、豚については肝機能の改善が示唆された。
【Key words】焼酎粕、乳酸発酵、機能性成分
【分野】1. 醸造基礎
〇薄井周太、森谷千星、中山俊一、鈴木健一朗、門倉利守
東京農業大学 応用生物科学研究科 醸造学専攻
国酒酵母とは、日本を代表する清酒、焼酎、泡盛の醸造に利用される酵母を指す。酵母分類学書のTHE YEASTで国酒酵母は Saccharomyces cerevisiae に分類されるが、Key to speciesに従うと S. bayanus に同定されて、分類に矛盾が生じている。そこで現在、分類学では遺伝子に基づく系統分類が主流であることから、ゲノムによる系統解析と、そのゲノム解析から導かれた国酒酵母を特徴付ける遺伝子による系統解析により、 S. cerevisiae と言われている国酒酵母の系統学特性を明らかにした。
ゲノムの系統解析では、 S. cerevisiae は8つのクレードに分岐し、その中で国酒酵母は独立した1つのクレードを形成した。国酒酵母を特徴づける遺伝子による系統解析では、国酒酵母が一群を形成するとともに、各クレードの株もまとまる傾向にあった。また、国酒酵母を特徴付ける5遺伝子の連結配列による系統解析では、ゲノムに基づく系統樹とトポロジーが類似した。特定の遺伝子でゲノム系統樹を再現できる可能性が示唆されたことから、さらにゲノム系統樹における8つのクレードを特徴づける遺伝子を模索し、同様に系統解析を行うことにより、国酒酵母をはじめとする各醸造酵母を識別できるものと考えられた。
【Key words】国酒酵母、系統解析、分類
【分野】1.醸造基礎
◯安東稜子 ¹、石川 優 ²、井沢真吾 ²
(¹ 京工繊大・応生、² 京工繊大院・応生)
出芽酵母の翻訳活性は高濃度(10 % v/v)エタノールストレスによって抑制される。また、翻訳されなくなったmRNAや翻訳関連因子はstress granule (SG)やprocessing body (PB)を形成して凝集する。一方、酵母を低濃度 (6 % v/v)エタノールで前処理すると、高濃度エタノールに対する耐性が向上することが知られている。本研究では、高濃度エタノールストレス下の翻訳活性に関しても低濃度エタノールによる前処理で抑制が軽減されるか検討した。解析の結果、直接高濃度エタノールで処理した細胞ではポリソームの形成が持続的に強く抑制されたのに対し、低濃度エタノールで前処理した細胞では次第にポリソームの再形成が確認され、翻訳活性が徐々に回復することを見出した。また、適応応答の際のリボソームや翻訳関連因子の動態を解析したところ、rRNA量や翻訳開始に関わるスキャニング因子 (Ded1)の局在が前処理によって変動することが認められた。現在、徐々にエタノール濃度が上昇する醸造過程の酵母においても、翻訳活性に関して高濃度エタノールへの適応応答が誘導されるか検証するために、ワイン酵母を用いた醸造試験を行なっている。
【Key words】翻訳、適応応答、高濃度エタノールストレス、ワイン酵母、ポリソーム解析
【分野】1. 醸造基礎
〇片岡涼輔 ¹、渡邉泰祐 ¹ ²、木島徳太 ²、坂口雅和 ²、山田修 ³、荻原淳 ¹ ²
(¹ 日大院生資科・生資利用,² 日大生資科・生命化,³ 酒総研)
【背景・目的】泡盛の特徴的な香気物質である1-octen-3-olは、製麹時に黒麹菌Aspergillus luchuensisによって生産される。我々はその生合成に脂肪酸オキシゲナーゼPpoCが必須であることを報告した。1-octen-3-olは、リノール酸からPpoCの関与で生成された中間体ヒドロペルオキシドに対して、ヒドロペルオキシドリアーゼHplが作用することにより生成されると考えられている。リノール酸は原料米由来、黒麹菌の脂肪酸生合成経路由来の2つが考えられるが、本化合物の生合成にどちらが利用されているかは不明である。そこで、1-octen-3-ol生合成に対するリノール酸生合成遺伝子、オレイン酸デサチュラーゼodeAおよびhplの関与を調べた。
【方法・結果】A. luchuensisのゲノムデータベース上において、Aspergillus nidulansのodeAと相同性が高い遺伝子を見出した。同様にTricholoma matsutakeのhplと相同性の高い遺伝子を探索した結果、hpl1及びhpl2の2つを見出した。A. luchuensis ΔligD株を親株としてアグロバクテリウム法を用いてΔodeA株、Δhpl1株、Δhpl2株を取得した。得られた各破壊株を用いて製麹を行い、麹に含まれる香気物質についてGCMS分析を行った。ΔodeA株の麹に含まれる1-octen-3-ol量は親株の半分以下であったことから、odeAは1-octen-3-ol生合成に関与していることが示された。現在、2種類のΔhpl株の麹における1-octen-3-ol含有量について測定を行っている。
【Key words】黒麹菌、1-octen-3-ol、脂肪酸代謝
【分野】1. 醸造基礎
〇林那波 ¹、池田萌 ¹、門岡千尋 ²、奥津果優 ¹、吉﨑由美子 ¹、髙峯和則 ¹、
後藤正利 ³、玉置尚徳 ¹、二神泰基 ¹(¹ 鹿大院・農林水、² 崇城大・生物、³ 佐大・農)
焼酎製造に用いられる白麹菌Aspergillus luchuensis mut. kawachiiは、多量のクエン酸を生産することで醪のpHを酸性に保ち、雑菌汚染を防ぐ。先行研究において、クエン酸の生産にはクエン酸輸送体CexAが必要であり、cexAの遺伝子発現は推定メチルトランスフェラーゼLaeAにより制御されることを報告した。しかし、LaeAの上流にある制御因子については明らかになっていない。モデル糸状菌Aspergillus nidulansでは、LaeAの発現にMAPキナーゼMpkBが関与することが報告されている。そこで本研究では、白麹菌におけるMAPキナーゼとクエン酸生産制御機構の関連性について解析した。まず、MAPキナーゼをコードするmpkA、mpkB、およびmpkCの破壊株を構築し、表現型を観察した。mpkA破壊株とmpkB破壊株はコントロール株よりも顕著に生育が遅延した。またmpkA破壊株は、高温ストレス、浸透圧ストレス、細胞壁合成阻害ストレスに対してコントロール株よりも高感受性を示した。この結果から、白麹菌においてMpkAは熱ストレス応答、浸透圧応答、細胞壁合成・維持機構に関与することが示唆された。次に、クエン酸生産量とcexAの転写量を測定した結果、mpkA破壊株およびmpkB破壊株はクエン酸生産量とcexAの発現量が有意に減少した。これらの結果から、白麹菌においてMpkAおよびMpkBがクエン酸生産とcexAの遺伝子発現に必要であることが明らかになった。
【Key words】白麹菌、クエン酸、MAPキナーゼ
【分野】1. 醸造基礎
〇井上太雅 ¹、山口正晃 ¹、門岡千尋 ²、奥津果優 ¹、吉﨑由美子 ¹、髙峯和則 ¹、
後藤正利 ³、玉置尚徳 ¹、二神泰基 ¹
(¹ 鹿大院・農林水産、² 崇城大・生物生命、³ 佐賀大・農)
白麹菌 Aspergillus luchuensis mut. kawachii は分泌型のα-アミラーゼとして、非耐酸性α-アミラーゼ(AmyA)と耐酸性α-アミラーゼ(AsaA)を生産する。加えて、白麹菌のゲノムにはもう1つ分泌型のα-アミラーゼをコードすると推定されるamyB遺伝子が存在する。本研究では、白麹菌のAmyBの機能を明らかにすることを目的とした。
まず、白麹菌のΔamyB株に顕著なα-アミラーゼ活性の低下は見られなかった。しかし、ΔamyAΔasaAΔamyB株の培養上清におけるα-アミラーゼ活性は、ΔamyAΔasaA株のα-アミラーゼ活性より低下した。この結果から、AmyBは白麹菌が分泌生産するα-アミラーゼの総活性にわずかに寄与していることが示唆された。次に、amyBのcoding sequenceをRNA-seqのマッピングデータで確認したところ、イントロン予測に誤りがあり、AmyBのC末端側にGPIアンカーが付加すると予測されるアミノ酸配列の存在が明らかになった。また、スプライシングをRT-PCRにより確認した。さらに、ΔamyAΔasaA PamyA–amyB株から細胞膜画分を調製してα-アミラーゼ活性を測定したところ、ΔamyAΔasaA株と比較して26倍以上の高い活性を示した。これらの結果から、AmyBはGPIアンカーにより細胞膜に局在している可能性が示唆された。
【Key words】白麹菌、α-アミラーゼ、GPIアンカー
【分野】1. 醸造基礎
〇森 一将、串尾 聡之
(三和酒類株式会社)
【背景と目的】酒類は世界中で飲用されている嗜好品の一つである。飲酒による害悪を最小化し、そのメリットを最大限享受できるようにすることが求められている。本研究はお酒のある豊かで健康的な持続性のある酒文化・社会をデザインすることを目的とする。体内に入ったエタノールは肝臓でADH1B、ALDH2によって二段階の代謝が行われる。ADH1B、ALDH2の酵素活性は、人それぞれ生まれ持った遺伝子のタイプで速い/遅いが決まっている。このアルコール分解酵素多型に着目した。
【方法と結果】飲酒後の集中力と体感に対するアルコール体質の関与を調査するために、ALDH2の遺伝子型*1/*1と*1/*2の2群に分け、麦焼酎および水を飲用するランダム化クロスオーバー試験を実施した。呼気中のAcH濃度は *1/*2にてAUCが有意に大きく、精神運動性機能検査では、スコアの低下は確認されなかった。また、顔面紅潮スコアは有意に大きかった。呼気中AcH濃度は、VAS顔面紅潮スコアに対して有意に相関を認めた。集中力の低下は限定的だが、ALDH2型により酔いの自覚が大きく異なる可能性が示唆された。
【Key words】アルコール代謝、遺伝子多型、酔い
【分野】4. その他(CSR、酔いに関する研究)
〇古原 徹
(アサヒグループホールディングス株式会社・事業企画部)
限りある地球資源の枯渇が迫っている中、企業そして研究開発者個人の社会的存在意義が問われている。更に、数多くの高品質で美味しい商品やサービスが溢れている今、その商品自体の味や魅力だけではなく、開発背景を含めた活動に「投票」してもらえる存在でなければならない。
アサヒビールでは、生活者がサステナビリティを実感でき、その背中を押してあげる商品サービスとして、エコカップ「森のタンブラー」、食べられるコップ「もぐカップ」などの販売と体験イベントを開催してきた。本年、徹底的に地域に寄り添ったサステナブルクラフト「蔵前BLACK」をサステナブルファッションブランド「ECOALF」との協業によって開発・発売し大きな反響を得た。更に、広域連携・農福連携の事業として「麦わらストロー」の大規模事業化を目指して一般社団法人を設立し、その普及に取り組んでいる。
これらの取り組みは、通常の商品開発スキームとは全く違うルートで進めており、提案者が役員承認のもと、企画、開発、製造、広報、販売まで全て推進している。
2022年度以降、取り組みを拡大し(スケールアップ、ではなくネットワーク拡大)、サステナブル事業を成長エンジンとするための準備を進めている。
【Key words】サステナビリティ、SDGs、新規事業
【分野】4.その他 サステナビティの事業化
〇森田 碧、古原 徹、黒田 隆平
アサヒビール株式会社、パッケージング技術研究所
2021年4月より発売した、「アサヒスーパードライ生ジョッキ缶」は特別なツールを使わず、自発的に泡が立つ缶胴と、飲み口が大きい蓋を組み合わせることで、クリーミーな泡との触感、豊かな香り、液体の流入感といった、ジョッキから生ビールを飲んだ時の感覚を手軽に味わえる製品である。泡立ち缶の着想においては逆転の発想がきっかけであった。これまで業界内では、お客様のもとで容器から泡立つことは商品価値を損なうと考えられていた。缶においては、内面塗料の不良でビールが泡立ってしまったという事例があり、泡立たないような内面塗料の開発に努めてきた。しかし、その後、泡立つ塗料という失敗を逆手に取って、「泡立ち缶」の着想につなげることができた。さらに、泡立つ缶の特性を、従来の飲み口ではその特徴を十分に活かし切れないと考え、全開口型缶蓋を使うことによって、「泡立ち缶」の価値の向上を図ることとした。この全開口型缶蓋の開発についても、これまでの切創防止加工を施したダブルセーフティ構造の缶蓋を製造する技術を持つメーカーとタイアップして、度重なる試行錯誤の上、現在の「泡立ち缶」の上市につなげることができた。
本製品開発の着想から開発プロセスの成功と失敗を通し、製品開発の在り方について考察し、さらなるお客様満足の追及を果たしたいと考える。
【Key words】ビール、容器、商品開発
【分野】4. その他(or 2. 醸造応用)
〇青木 俊介、小島 泰弘(月桂冠株式会社)
月桂冠が考えるサステナビリティの一環として、酒造りの副産物の有効利用や環境に配慮した商品開発を推進してきた。その代表的な活動として、1996年から滋賀県JA東びわこ・稲枝地区と共同で循環型農業と酒造りを行っている。酒粕を主体とした有機質肥料を用いて稲を育て、収穫した米で酒を造り、酒粕を肥料として再び土へ返し、稲を育てるという「米から酒へ、酒から米へ」の循環を繰り返す取り組みである。
課題のひとつに散布形状の最適化があり、乾燥粉末化させた酒粕を肥料会社で粒状加工して散布を行っている。酒粕肥料を用いるメリットとして、特にタンパク質由来の窒素成分が、土壌で徐々にアンモニアへ分解され栄養となるため、土壌への負荷が少なく、周辺河川や琵琶湖への影響も少ない点があげられる。この循環型農業では化学肥料を一切使わず、農薬も通常と比べて50%以上削減していることから、栽培された米は滋賀県の「環境こだわり農産物」に認定されている。米の品質や酒米適性も問題なく、ふくらみのある日本酒が誕生した。
この循環型農業と酒造りは、環境の保全に貢献する、先進的で優れた取り組みとして、「第12回京都環境賞」特別賞を受賞するなど、高く評価されている。また、米の生産に関わる多くの人々と酒造会社との交流が実現し、相互理解を深め、環境への意識づくりに対するモチベーションの向上に繋がったことも本取り組みの成果のひとつと考える。
【Key words】酒粕、日本酒、循環型農業、酒粕肥料栽培米
【分野】4.その他
〇岡本 晋作
(三和酒類㈱ 三和研究所 クロスオーバーセンター)
麹文化の蒸留酒、和(=麹)のスピリッツとして、新たなイノベーションで市場創造を目指すTUMUGIの取り組み。
【Key words】商品開発 本格焼酎 日本酒 スピリッツ
【分野】3.経営・マネージメント(商品開発)
〇圍 彰吾、佐田 尚隆、浅井 拓也、広畑 修二(白鶴酒造株式会社)
「別鶴(べっかく)」プロジェクトとは、「若手ならではの自由な発想を活かして、若者向けの新しい日本酒を開発し、日本酒業界を活性化したい」という想いから、2016年12月に20~30代の若手社員たちにより発足した社内プロジェクトである。
コンセプトを「休日の”外飲み”のときに、手土産として持って行く日本酒」と定め、適度なアルコール度数(11~12%)、個性的なフルーティーさ、奇抜過ぎず本質的な日本酒らしさを感じられることを要件として、2019年に「木漏れ日のムシメガネ」「陽だまりのシュノーケル」「黄昏のテレスコープ」の3商品を開発した。
これらの第一弾商品のコンセプト・味わい・デザインは好評であったが、飲みきれない等のユーザーの声を反映するために、第二弾商品の開発に着手した。容器容量を減らすだけではなく、技術面では、第一弾商品の酵母、麹、仕込み配合を活かし、さらにアルコール度数を一般的な清酒の約1/2に当たる7%に低減した純米酒の製造に成功した。また、この純米酒をベースとした日本酒ベースリキュールについても紹介する。
【Key words】別鶴、商品開発、日本酒、日本酒ベースリキュール
【分野】3. 経営・マネージメント
〇福良 奈津子 ¹、水谷 政美 ¹、喜田 珠光 ²
(¹ 宮崎県食品開発センター応用微生物部、² 宮崎県衛生環境研究所)
醤油製造において、アレルギー様食中毒を引き起こすヒスタミンが問題となっている。その要因となる野生乳酸菌の対策として、県内の醤油もろみからヒスタミン非産生新規乳酸菌スターターTetragenococcus halophilus MS0204株を分離した。本研究では、新規乳酸菌の分譲へ向け、拡大培養の検討と県内醤油製造場での実証試験を行った。
拡大培養について検討した結果、新規乳酸菌は、県内製造の淡口生揚を用いた培地により、30~35℃で培養することで拡大培養液を得ることができ、冷蔵2週間の保存が可能であった。
本菌を用いて県内醤油製造場にて実規模の試験醸造を行ったところ、本乳酸菌の添加がヒスタミンの産生を抑制することが確かめられた。さらに生揚醤油の官能評価は、無添加のものと同等以上であり、新規乳酸菌が醤油用スターターとして有効であることが確認できた。
【Key words】醤油、ヒスタミン、Tetragenococcus halophilus
【分野】2. 醸造応用
○髙橋空良*、三澤侑生**、本間裕人**、徳田宏晴**、數岡孝幸**
(東農大院・醸造学専攻*、東農大・醸造科学科**)
【目的】
5-アミノレブリン酸(5-ALA)は、植物の成長促進、ホルスタイン牛の乳質向上、糖尿病予防効果、SARS-CoV-2に対する抗ウイルス作用などの様々な生理的作用が知られており、農業・畜産・医薬分野で多彩な応用研究が進められている機能性アミノ酸である。
清酒には食品の中でも特に5-ALAを多く含むことが知られているが、特定名称別の含量をはじめ、清酒中の5-ALAに関する知見がほとんどない。そこで本研究では様々な清酒中の5-ALA含量を測定し、その傾向について調べた。
【方法・結果】
全国の清酒製造業社に提供頂いた清酒および酒販店より購入した清酒281点を用い、アセチルアセトンおよびホルムアルデヒドとの縮合反応を利用したHPLC-蛍光検出法にて5-ALA含量を測定した。その結果、清酒によって5-ALA含量に大きな違いがあり、特定名称間でその含量に有意差が確認された。また5-ALA含量と精米歩合およびアミノ酸度との間に正の相関が見られ、清酒中の5-ALA含量には原料米から供給される何らかの成分および清酒中の残存アミノ酸量の関与が示唆された。
【Key words】機能性アミノ酸、成分分析、特定名称酒
【分野】2. 醸造応用
〇友永 佳津子、大木 堯之、森谷 千星、鈴木 健一朗、門倉 利守、中山 俊一
(東京農大・醸造科)
きょうかい酵母K7の全ゲノム解析の結果、実験室酵母S288CにはなくK7にのみ存在する遺伝子としてEHL遺伝子が見出されている。このEHL遺伝子は、ホモロジー解析からバクテリア由来のepoxide hydrolaseと高い相同性を示すが、清酒酵母における真の機能さらには清酒醸造での役割は不明である。
epoxide hydrolaseはファミリーを形成し様々な酵素として機能するが、その中にcarboxylesteraseが含まれることから、EHL遺伝子がビオチン生合成に関わるpimeloyl-ACP methyl ester carboxylesteraseとして機能する可能性が推定された。そこでEHL遺伝子の破壊株を作成し各種ビタミンを添加して生育度を調査したところ、EHL遺伝子はビオチン生合成ではなくパントテン酸生合成に関与することが示唆された。また、EHL遺伝子破壊株で予備実験的な清酒醸造を行ったところ、香気成分が減少することも見出した。本発表ではこれらについて報告する。
【Key words】酵母、EHL遺伝子、清酒醸造
【分野】1. 醸造基礎
〇中山俊一、友永佳津子、森谷千星、田中純平、高瀬史織、鈴木健一朗、門倉利守
(東農大・醸造科)
ビオチンとは脂肪酸生合成などに関与するカルボキシル基転移酵素の補酵素として機能する生物にとって必須のビタミンである。Saccharomyces cerevisiaeの多くはビオチン生合成能がないが、日本の国酒酵母のほとんどがビオチン非要求性である。このことは日本の国酒醸造においてビオチン生合成能は何らかの重要な役割を果たしている可能性が高いことが予想される。ビオチン生合成に関わる7,8-diamino-pelargonic acid aminotransferaseをコードするBIO3遺伝子は染色体上に1コピーだけ有するため本遺伝子破壊によりビオチン要求性になることが期待される。そこで本研究では、清酒酵母におけるBIO3破壊株を取得し、メタボローム解析と清酒の小仕込み試験によってビオチン生合成能が清酒酵母が生産する代謝物にどの様な影響を及ぼしているかを検討した。
BIO3破壊株の親株には当研究室で取得したK7を親株とした一倍体株K7-H12株を用いた。これを親株としてTaKaRa社の出芽酵母用マーカー除去型ベクターpAUR135を用いてBIO3遺伝子内部にストップコドンを挿入することで遺伝子を破壊した。BIO3破壊株は期待通りビタミンフリー培地で増殖能を失った。これらの株についてグルコース10%を含むYM培地で増殖した際のメタボローム解析と小仕込み試験の結果について報告する。
【Key words】清酒酵母、ビオチン生合成、代謝
【分野】1. 醸造基礎
〇小橋有輝 ¹、吉﨑由美子 ¹ ²、奥津果優 ²、二神泰基 ¹ ²、玉置尚徳 ¹ ²、髙峯和則 ¹ ²
(¹ 鹿児島大院・連合農学研究科、² 鹿児島大・農学部)
【目的】 酵母が生成するIsoamyl alcohol (i-AmOH) はTHI3遺伝子を破壊すると生成量が低下することが報告されている。焼酎酵母である鹿児島4号 (C4株) から得たTHI3遺伝子破壊株 (ΔTHI3株) においても、ロイシンのみをアミノ酸源とした培地で培養すると過去の報告通りi-AmOH生成量は低下した。一方、麹汁培地で培養するとC4株の2倍以上に増加した。このことから、酵母のi-AmOH生成は栄養条件に影響されることが示唆されたため、i-AmOH生成に影響を与える栄養条件を探索することを目的とした。
【方法・結果】 Yeast Nitrogen Base w/o Amino Acids (YNB) (日本ベクトンディッキンソン株式会社)、グルコース、アミノ酸および有機酸について濃度や添加の有無を変えて培地を調製し、C4株とΔTHI3株を定常期になるまで培養し、GC-MS分析によってi-AmOH生成量を測定した。結果、有機酸存在下でYNBを高添加するとΔTHI3株のi-AmOH生成量がC4株より増加することが確認された。YNB構成成分を窒素、ビタミン、ミネラル、塩にグループ分けし、それぞれのグループを、グルコース2%および麹汁培地と同濃度のアミノ酸と有機酸を含む培地に添加し、C4株とΔTHI3株を培養したところ、ミネラルや塩がC4株とΔTHI3株のi-AmOH生成量を増加させることが確認された。
【Key words】酵母、イソアミルアルコール、THI3
【分野】1。醸造基礎
〇桑津留 澪 ¹、梅﨑 宗規 ²、菅野 暉子 ²、森村 茂 ¹
(¹ 熊大院・工、² (株)フンドーダイ)
【目的】日本の伝統的な発酵調味料である醤油の醸造には複数の微生物が関連しており、微生物群集構造の変化が醤油の香味に関連すると考えられる。したがって、醤油醸造における微生物群集構造の変化と発酵過程の進行との関係を明らかにすることにより、醤油の品質の改善および発酵の制御が可能である。本研究では、醤油もろみ中の酵母菌叢を解析し、培養酵母添加の有無による影響を調べた。
【方法および結果】発酵初期に培養酵母を添加したもろみと無添加のもろみを解析に使用した。酵母添加の有無に加えて1か月~5か月の異なる発酵過程のもろみを採取し、DNAを抽出した。得られた抽出DNAを鋳型として26S rRNA遺伝子を標的としたPCRを行い、目的とするDNA断片についてクローン解析を行った。その結果、培養酵母添加の有無にかかわらず、Zygosaccharomyces rouxiiによるエタノール発酵が進行する段階でfungiの菌叢に大きな変化が起こることがわかった。また、もろみ発酵の中期~後期では酵母添加の有無にかかわらず、後熟酵母として知られるCandida etchellsiiとC. versatilisが優勢になることがわかり、添加酵母であるZ. rouxiiは短期間でアルコール発酵を行うことが示唆された。現在は醤油もろみ中におけるこれらの酵母菌の生理学的特性を理解するために、発酵過程で酵母菌が生成するmRNAを調べ、遺伝子発現解析を行っている。
【Key words】醤油、酵母、発酵
【分野】1. 醸造基礎
〇小川 翠、溝上 哲哉、鈴木 遥香、佐々木 信光、山形 洋平
(農工大院・応生化)
Insulysin は真核生物で広く見られる metalloendpeptidase の一つである。酵母 insulysin はミトコンドリアに局在し、プロセッシングされたプレペプチドの分解に関与している。黄麹菌 Aspergillus oryzae には、insulysin のホモログが 3 種類存在する(以下 InsA、InsB、InsC)。InsA、InsC は酵母 insulysin との相同性が高いことから類似した機能を有すると考えられるが、 InsB はヒトや酵母の insulysin との相同性が低く、麹菌特異的な役割を担っていると考えられる。酵母 insulysin がミトコンドリアに局在することから、InsA のミトコンドリア局在が推測されたが、これらの黄麹菌の insulysin ホモログには明確な局在シグナルが存在しなかった。
そこで InsA、InsB、InsC と HA tag、DsRed の融合タンパク質発現株を作製し、蛍光観察による局在解析を行った。蛍光観察の結果、InsA はミトコンドリアへの局在が示唆され、InsB、InsC ではミトコンドリア及び細胞質への局在が示唆された。さらに、細胞分画及びウエスタンブロット解析を用いた生化学的解析を行った結果、InsA はミトコンドリアに局在することが明らかとなった。
【Key words】麹菌、酵素、局在解析、細胞分画
【分野】1. 醸造基礎
〇沼澤 里佳 ¹、田中 優花子 ²、西岡 佐和子 ²、辻 遼太郎 ²、山形 洋平 ¹ ²
(¹ 農工大院・連合農学研究科、² 農工大院・応生化)
黄麹菌 Aspergillus oryzae の有する転写因子PrtR は他の Aspergillus 属で見出されている PrtT のオルソログであり、広範な分泌型ペプチダーゼ遺伝子の転写を制御すると考えられている。本研究では作製した PrtR 欠損株を用い、カゼインを窒素源とした液体培養における PrtR の制御下にある遺伝子の同定並びに制御機構の解明を目的とした。
分泌型ペプチダーゼ遺伝子の転写解析の結果、アスパルティックエンドペプチダーゼ (APase) をコードする遺伝子のうち pepO は培養時間依存的に PrtR の正の制御下にあることが示された。また、セリンタイプカルボキシペプチターゼ (CPase) をコードする遺伝子の中では ocpO や ocpA が正の制御下にあることが示された。これに対し、ジペプチジルペプチダーゼ遺伝子である dppB, dppE は負に制御されていることが示唆された。さらに、酸性側で働くペプチダーゼの転写と活性の相関を見るため、培養上清中のペプチダーゼ活性の測定を行った。Z-Glu-Tyr を基質とした CPase 活性測定ではコントロール株における約 75% の活性が PrtR の影響を受けていることが示唆され、これは主に OcpO の活性であると考えられた。pH 3.0 のカゼインを基質としたエンド型ペプチダーゼ活性測定では約 80% の活性が PrtR の影響を受けていることが示唆され、これは主に PepO の活性であると考えられた。
【Key words】麹菌、遺伝子、転写因子
【分野】1. 醸造基礎
〇平松健太郎 ¹、門岡千尋 ²、奥津果優 ¹、吉﨑由美子 ¹、髙峯和則 ¹、玉置尚徳 ¹、
二神泰基 ¹(¹ 鹿児島大・農、² 崇城大・生物生命)
鰹節のうち本枯節の製造工程にはカビ付けと天日干しがあり、これらの工程を複数回行うことで風味はまろやかに、色合いは上質なものになる。鹿児島県枕崎市で製造されている本枯節の菌叢解析を行った結果、Aspergillus chevalieri、Aspergillus montevidensis、Aspergillus sydowii の3種が同定され、A. chevalieriは有性世代と無性世代の両方の姿で存在していることが分かった。本研究では、A. chevalieriにおいてこれらの生活環の違いを規定する遺伝子の同定を目的とした。まず、A. chevalieriのゲノム解析の結果、無性世代の株には4つの遺伝子(ACHE_40145A、ACHE_40420、ACHE_50514S、ACHE_70660A)に変異があることが示唆された。そこで、有性世代をもつモデル糸状菌Aspergillus nidulansでACHE_40145AとACHE_70660AのホモログであるAN3761とAN11185を破壊し表現型を観察したが、いずれも変化は見られなかった。次に、A. chevalieriの無性世代の菌株に有性世代の菌株に由来する遺伝子を導入することにより有性世代の姿に変化するかを評価した。ACHE_50514SとACHE_70660Aは導入が確認できたが、表現型に変化は見られなかった。また、ACHE_40145AとACHE_40420Aについては複数回形質転換を行ったが、遺伝子導入株を取得できなかった。今後、ligD破壊株による高効率な形質転換法を確立する予定である。
【Key words】Aspergillus chevalieri、生活環、鰹節
【分野】1. 醸造基礎
八島大志、大山憲一郎、吉田ナオト、○清啓自
(宮崎大・農学部応用生物科学科)
【目的】戦前まで多くの醸造物が木製の容器(木桶)を用いて仕込まれていたが、現在ではそのほとんどが樹脂製やステンレス製へと置き換わっている。しかしながら、その転換期において米酢の作り手の間では木製の醸造容器を用いて醸造すると、樹脂・ステンレス製よりも味の深みが増すとの話があがっていた。しかし、他素材の醸造容器と比較してどのようなメカニズムで呈味変化が生じるのかは不明である。本研究では、米酢の成分分析及び菌叢解析を行うことで、木桶が米酢の菌叢に与える影響について検討した。
【方法・結果】種菌として用いた仕込み中の米酢もろみから細菌を単離し、7種を同定しその中で酢酸菌はAcetobacter pasteurianusを得た。次に、6L容の木桶とプラスチック製容器(以下、FRP桶)でそれぞれ仕込んだ米酢の二次もろみからDNA抽出を行い、16S rRNAを基に単離菌株ともろみDNAをT-RFLPにより菌叢解析に供した。その結果、木桶ではA. pasteurianusが菌叢の優占菌種であったのに対して、FRP桶ではLactobacillus属種が相対的に増大し、醸造容器間での明確な菌叢の差異が生じた。今後は、更なる菌の単離、同定を行うことでFRP桶の菌叢を占有した菌の解明を目的とし、菌叢に影響を及ぼしている影響要因を検討する。
【Key words】米酢、木桶、菌叢解析
【分野】2. 醸造基礎
〇竹久 まや ¹、本田 千尋 ²、勝田 亮 ³、進藤 斉 ¹、穂坂 賢 ¹、徳岡 昌文 ¹
(東農大院・醸造 ¹、東農大・健康 ²、東農大・分子生命化学 ³)
清酒に含まれるオリゴ糖は全糖の22~65%を占め、構造は多様である。またオリゴ糖は味わいに寄与し、糖組成によって酒質が異なると考えられている。当研究室ではこれまでに、重合度(Degree of Polymerization; DP)18までの清酒中オリゴ糖について、LC-TOF/MSを用いた検出方法を確立した。またDP5~8のオリゴ糖のうち8分子種を構造解析し、これらの構造は隣接分岐型、イソマルト分岐型、イソマルトオリゴ糖の大きく3タイプに分類されることが明らかになった。
本研究では、醸造工程中の酒母及び醪におけるこれらオリゴ糖の詳細な消長を捉えることに取り組んだ。総米2.4kg、速醸酒母による清酒醸造を行い、経時的にサンプリングした試料についてLC-TOF/MSによりDP2~8のオリゴ糖を分析した。
その結果、酒母では3タイプの構造でそれぞれ消長が異なったが、醪では隣接分岐型及びイソマルト分岐型は似た消長であったのに対し、イソマルトオリゴ糖はDPによって異なる消長を示したことから、消長は構造と関連することが示唆された。
【Key words】麹菌、糖転移、LC-TOF/MS
【分野】1. 醸造基礎
株式会社ベンチャーウイスキー
代表取締役社長 肥土伊知郎
イチローズモルトを製造している秩父蒸溜所は東京の北西、約70kmに位置する埼玉県秩父市、みど りが丘工業団地内にあり、周囲を山に囲まれた完全な盆地で寒暖差が大きくウイスキーの熟成に適してい る。2008年2月にウイスキー製造免許を取得し製造を開始。現在は、第二蒸溜所が昨年 7 月より稼働。 樽熟成の為の貯蔵庫が 6 棟、樽工場、大麦発芽施設等を保有している。
発売しているウイスキーの種類は大きく分けてシングルモルト、ピュアモルト、ブレンデッドウイスキー の3カテゴリーがある。また、シングルカスクの少量生産品も多い。
私は江戸時代に創業した秩父の造り酒屋の長男として生まれた。1921年、祖父が秩父から同じ埼玉 県内の羽生市進出し、清酒以外の酒類も造り始め、1926年にはウイスキーの製造免許を取得。198 0年代にはスコットランド式の設備を導入し本格的なウイスキー造りを始めたが、ウイスキーは1983 年をピークに国内の消費が低迷。同じく清酒も低迷していたが、四季醸造の大型設備を導入するなど打開 策を図ろうとした。
この頃、大手洋酒メーカーから実家に戻った私は低迷していたウイスキーの可能性に気づいたものの、会 社の経営状況は悪化の一途をたどっていた。残念ながら2000年には民事再生法を申し立てることにな り、債権者に謝罪の毎日、2004年5月会社は人手に渡り、どん底感を味わっていた。さらに、低迷し ていたウイスキーの原酒の廃棄を通告されてしまう。そのまま、会社の要職のまま会社にとどまることを 提案されていたが、ウイスキーを守りたい一心で独立。引き取り先を探し、郡山の笹の川酒造に協力をし てもらうことが出来た。そこで、ウイスキーの製品化に責任を持ち、笹の川酒造を製造元としたイチロー ズモルトの第一号が誕生した。ターゲットをバーに定め、2年間で多くの店を回り、同時に国内外のウイ スキーイベントにも参加。少しずつですが売上が伸びてゆく。しかし、いつか父から引き継いだ原酒はな くなってしまう為、自ら蒸溜所を立ち上げ原酒製造に踏み切ることにした。この間、国内とスコットラン ドの蒸溜所で研修を重ねウイスキー造りの基礎を学んだ。
長年低迷していたウイスキーの消費が秩父蒸溜所を立ち上げた2008年から増加に転じ、また、幸運に も WWA で世界最高賞、ISC でマスターブレンダーオブザイヤーを受賞した。需要増に乗じ、今までの 5 倍の規模の第二蒸溜所を稼働し、生産量を増やすと共に、直火蒸溜を採用し新たな個性を生み出そうと考 えている。今後、品質の更なる向上を図りつつ、より個性に磨きをかけた製品づくりの為、地元産の大麦 やミズナラを使った樽を使用している。また、地元バーテンダーと協働してウイスキー祭を開催するなど、
ウイスキー造りで農林業や地元経済への波及効果をもたらすことで地元に経済にも貢献したい。
肥土 伊知郎(アクト イチロウ)様ご略歴
1965 年 酒造メーカーの長男として誕生
1988 年 東京農業大学醸造学科卒業 サントリー株式会社(当時)入社 1994 年 家業であった酒造会社に入社
2004 年 経営譲渡により退社し、ベンチャーウイスキー設立
2006 年 軽井沢蒸留所で研修
2007 年 ベンリアック蒸留所で研修
2008 年 秩父でウイスキー造りを再開
2006 年「ウイスキー・マガジン」誌上コンテストにて、カードシリーズの「キング・オブ・ダイヤモン ズ」が最高得点を獲得したのを皮切りに、各種ウイスキーコンテストで多数の賞を受賞。 2017 年より 2020 年まで、世界で最も権威のある英国のウイスキー品評会「ワールド・ウイスキー・ア ワード(WWA)」で、4年連続となる世界最高賞を受賞。2019 年にはインターナショナル・スピリッツ・ チャレンジ(ISC)にてマスターブレンダー・オブ・ザ・イヤーを受賞。
現在株式会社ベンチャーウイスキー 代表取締役社長・ブレンダー
〇宮川 博士(霧島酒造株式会社)
芋焼酎は南九州地方を中心に造られており、 主原料であるサツマイモ由来の甘い香りと風味を持つ焼酎である。芋焼酎特有の香りに、モノテルペンアルコールがある。これはサツマイモに含まれるモノテルペン配糖体が麹菌のβ-グルコシターゼの作用により遊離することで生成する。また、一般的に芋焼酎に使用されるサツマイモ品種はコガネセンガンであるが、近年はさまざまな品種を用いることで味の多様化が成されている。特に有色甘藷を用いると独特の風味を持つ芋焼酎を造ることが可能となり、ムラサキマサリなどの紫系サツマイモを使うとワイン様のジアセチル、タマアカネなどの橙系サツマイモを使うとβ-イオノンやβ-ダマセノンといったフルーティで華やかな特徴香を付与することができる。
今回は、当社が取り組んでいる芋焼酎に関する研究や、これら研究が商品開発に結び付いた事例を紹介させていただく。
【Key words】 原料芋、 酵母、 麹菌
【分野】 3. 経営・マネージメント
〇平井 猛博、大東 功承 、佐田 尚隆、西村 顕 (白鶴酒造株式会社)
「別鶴(べっかく)」プロジェクトとは、「若手ならではの自由な発想を活かして、若者向けの新しい日本酒を開発し、日本酒業界を活性化したい」という想いから、2016年12月に20〜30代の若手社員たち7名(発足当時)により発足した社内プロジェクトである。
「若者向けの新しい日本酒」を具体化するために、定期的な会合を重ね、ターゲットを「普段日本酒に馴染みのない、30歳前後の独身男性」、商品のコンセプトを「休日の”外飲み”のときに、手土産として持って行く日本酒」と定め、適度なアルコール度数(11〜12%)、個性的なフルーティーさ、奇抜過ぎず本質的な日本酒らしさを感じられることを要件として、「木漏れ日のムシメガネ」「陽だまりのシュノーケル」「黄昏のテレスコープ」の3商品を開発した。
技術面では、個性的でフルーティーな香気を生成する過去未実用の独自開発酵母を使用し、兵庫県産杉樽での短期間貯蔵によって隠し味的なフレーバーを付与する工夫をおこなった。
プロモーション面では、予算が限られた中でプロジェクトや商品の認知拡大のためにクラウドファンディングを活用した。最終支援金額は532万円に達し、支援者661名の約半数は20〜30代が占め 、意図した世代からの支持を集めた。
2019年6月からは数量限定でインターネット販売および兵庫県内を中心に発売を開始し、2020年2月以降は全に販路を拡大している。
【Key words】 別鶴、商品開発、クラウドファンディング
【分野】 3. 経営・マネージメント
〇曽 厚嘉、大西 章博
(東農大 ・ 醸造科学科)
食品流通過程における容器包装類を、PLLA(ポリL乳酸)を原料としたBDP生分解性プラスチックに置き換えようとする社会的な動きがあり、食品廃棄物の再資源化率の向上が期待されている。しかしながら、BDPの生分解過程における生物学的な知見は少なく、実用性の見込みについては不透明である。本研究では、メタン発酵によるBDPの分解と燃料化過程における特性と菌相を解析した。PLAの分解特性の評価は回分実験法、PLA分解過程の微生物相解析はPCR-DGGE法を用いた。55℃の高温メタン発酵によるPLLAペレット分解実験でPLA分解率は70–78%程度で、メタン収率は300mlCH4gPLA以上であった。これに対して、滅菌した汚泥及び超純水にPLLAペレットを添加した分解実験では、 PLA分解率は約30%で、乳酸の蓄積が検出された。これらのことから、PLAの分解は、物理的な要因と、微生物による生分解により進行するものと考えられた。また、乳酸からCH4への変換過程は全て微生物により進行するものと示唆された。Defluviitoga属、Dactylosporangium属、Tepidimicrobium属とJonquetella属は高温嫌気環境下のPLA分解過程で乳酸の消費に寄与することが強く示唆された。
【Key words】 生分解性プラスチック、 ポリ乳酸、 メタン発酵
【分野】 4. その他 (食品廃棄物処理)
〇西田郁久、平田大、鈴木一史 、岸保行
(新潟大・ 日本酒学センター)
新潟県は酒造に適した豊かな自然環境に恵まれており、約90もの蔵元が存在し、バラエティーに富んだ日本酒の銘醸地である。2017年5月9日、新潟県、新潟県酒造組合、新潟大学の3者は、日本酒に係る文化的・科学的で広範な学問分野を網羅し国際的拠点形成と発展寄与を目指す「日本酒学(Sakeology)」の構築について連携協定を締結した。この協定に基づき、2018年4月1日、全学的組織として新潟大学日本酒学センターを設置した。日本酒学センターでは、学生向け教養科目や市民向け公開講座の開講、日本酒学シンポジウムの開催、ワイン学で盛んなボルドー大学やカリフォルニア大学デービス校との連携協定等の多様な活動を行い、日本酒に係る「研究、教育、国際交流、情報発信」に関する事業を展開している。また、2020年1月1日、日本酒学センターは全学共同教育研究組織として新たなスタートを切り、従来の領域横断型を踏襲しつつ「醸造」「社会・文化」「健康」などの専門分野ごとの活動拠点となる「ユニット」の設置、専任・特任 教員の配置、推進室の新設などを進めている。本シンポジウムではこれらの進展や今後の取組みについて紹介する。2021年1月には日本酒学センターの新たな研究施設が完成し、実験室レベルでの日本酒醸造の研究教育環境も整う。今後、県内や国内外の様々な研究機関と連携して日本酒学を発展させ、その成果を社会に還元したいと考えている。
【Key words】 日本酒学、醸造、酵母
【分野】 3. 経営・マネージメント
〇井元 勇介 ¹、 Ivy Koelliker ²
(1. 三和酒類(株)酒類研究室、 2. Sensory Spectrum, Inc)
商品設計において、商品特性を理解することは重要である。 商品特性の理解は主として機器分析や官能評価によって行われ、それらを土台として消費者反応の予測を立て検証することで初めて、適切に商品特性の改良がなされる。酒類において、官能評価による特性把握の重要性は高いが、特性を記述するための語彙の選定には多くの労力が割かれる。語彙選定の手法としては、香気寄与成分の閾値に対する対象品の成分含量に基づいたものが多いが、言葉出しをする評価者の訓練度に左右される点や、消費者実感との乖離など課題も多い。
今回我々は、「多様な食品の語彙をあらかじめ訓練された官能評価者」を用いるというCiville¹らのアプローチに基づいたSpectrum Method Descriptive Analysis(SDA)を利用することとした。結果として、蒸留酒(ウイスキー、ラム、ジン、テキーラ、ウォッカに対する大麦焼酎の特徴語彙を明らかにし、既存のスピリッツホイールに対して大麦焼酎の語彙を追加した、大麦焼酎-スピリッツフレーバーホイールを作成した。本報告ではそこから得られた知見について共有し、世界に向けた焼酎の品質の方向性を議論したい。
¹) ALEJANDRA M. MUÑOZ GAIL VANCE CIVILLE 1998 Journal of Sensory Studies, Vol.13, (1), 57-75 (1998)
【Key words】 品質評価・官能評価、海外
【分野】 2. 醸造応用
宮城 はづき 、 〇 水谷 治、外山 博英
(琉球大農学部・亜熱帯生物資源科学科)
我々は以前、泡盛酵母 Aw101 株から R217 酵母を育種し、琉大ブランド「琉球大学の泡盛」を開発した。この R217 酵母と黒麹菌を用いて、沖縄独自の清酒の開発を企画した。
通常の泡盛醸造には 2 種類の黒麹菌 ISH 1 株、 ISH 2 株を混合した複菌麹を使用するが、本研究ではそれぞれの単菌を使用した。また、製麹は清酒醸造用(S 法)と泡盛醸造用(A 法)の 2 種類の方法で行った。米麹分析の結果、 ISH 1 株はS法において、A法の 1/2 にクエン酸産生量を抑えることができたが、 ISH 2 株では、両法で大きな差が観察されず、どちらも ISH 1 株より生産量が高かった。作成した米麹を用いて清酒小仕込み試験を汲水歩合 125% で行った結果、 R217 酵母を用いた場合、清酒酵母 (K7 株)に比べ低アルコール、高残糖量を示し、加えて、 ISH 2 株の場合では、高酸度が課題として挙がった。そこで、醪中における高糖濃度を緩和することでアルコール発酵を促進させることを目的に、汲水歩合を 135% に増やし、低酸度の ISH 1 株を用いて清酒小仕込み試験を行った。その結果、エタノール 16% と一般的な純米酒と同等のエタノール収得量となった。低沸点香気成分分析の結果、汲水歩合の違いで清酒の基調香である高級アルコールに顕著な差は見られなかった。一方、改善後の清酒サンプルにおいて果実様であるエステル類が多く検出された。
【Key words】 泡盛酵母、 黒麹菌、 清酒醸造
【分野】 2. 醸造応用
〇喜田 珠光 1 、 水谷 政美 1 、山本 英樹 1 、 藤田依里 2 、 須﨑 哲也 3 、松尾 麻未 3 、壱岐 侑祐 3
(1 宮崎県食品開発センター応用微生物部、 2 宮崎県小林保健所、 3 宮崎県畜産試験場)
宮崎県内で発生する焼酎粕は年間30数万トンにのぼり、そのうち約6,000トンが産業廃棄物として処理されている。宮崎県では焼酎粕を乳酸発酵させることで保存性の高い飼料を製造する技術を確立し、畜産農家で家畜へ給与してきた。一方、家畜用飼料の国内自給率は低い水準にあり、焼酎粕飼料を用いることは県の目指す飼料自給率の向上にも繋がる。焼酎粕飼料に機能性を付与し、利用をより広く普及することを目的として本研究を実施した。
センターの保有する乳酸菌の中から、GABAとオルニチンを高産生するLactobacillus buchneri ML530株を選抜し、本菌株を用いて麦焼酎粕とおからの発酵試験を行った。乳酸発酵によりpHは4未満に低下し、GABAは2,000mg/L、オルニチンは1,500 mg/L以上に増加した。畜産試験場において牛と豚への給与試験を行ったところ、体重増加率等に差は見られず、従来の飼料の一部を焼酎粕飼料で代替することが可能であるとわかった。肥育期間終了後、試験区と対照区の牛と豚について、2点比較法で官能評価を実施した。評価の結果、焼酎粕飼料を給餌した牛の肉は、そうでない場合と比較して柔らかく多汁感が増す傾向にあることがわかった。
【Key words】 焼酎粕、 乳酸菌、 飼料
【分野】 2. 醸造応用
〇北澤舞花、竹末信親、下川正貴、梅ヶ谷南、松倉秀典、水谷正憲、上村和彦
(アサヒビール株式会社・酒類技術研究所)
ビールは、麦芽、ホップ、水を基本原料とする。麦芽中の成分を酵母の栄養源へと変換する「仕込工程」、酵母を用いてビール特有の香味、アルコールを付与する「発酵工程」、ビールの清澄度を上げる「ろ過工程」を経て製造される。日本では、加熱殺菌を行わない「生ビール」が主流であるため、特に厳重な微生物管理体制が求められる。
ビールは、抗菌成分を含むホップを使用するが、稀にその成分に耐性を示す「ビール混濁性微生物」が存在する。これらが製品へ混入すると、混濁や異臭を引き起こし、品質が大きく損なわれる。ビール混濁性微生物による製品の変敗を防ぐためには、製品検査に加え、製造環境の衛生管理が重要である。当社では長年、ビール混濁性微生物の網羅的な検査法の開発と、その迅速化に取り組んできたが、今回は工場での衛生検査の迅速化について報告する。
衛生検査によく用いられる培養法は、高い検出力を持つ一方、結果を得るまでに一定の培養期間が必要であった。一方、マイクロコロニー法は、メンブレン上で微生物を短時間培養後、蛍光染色により微小コロニーを蛍光検出することで、早期に結果が得られる技術である。当社では、マイクロコロニー法の培養温度、蛍光試薬を最適化することで、環境頻出微生物の培養時間を3日程度から30時間以内へ短縮することに成功した。この技術を活用することで、工場の衛生管理レベルが向上し、より強固な微生物管理体制が構築できると考えられる。
【Key words】 ビール、 混濁性微生物、 マイクロコロニー法
【分野】 2. 醸造応用
転写因子 RDS2が清酒酵母と実験室酵母の発酵能に及ぼす影響
〇大木 尭之 ,桑山 翔一 ,田中 純平 ,門倉 利守 ,鈴木 健一朗 ,中山 俊一
(東農大院・農 )
清酒醸造に用いられる清酒酵母は、低温生育能やアルコール発酵能などにおいて他の醸造用酵母とは異なる性質を有することが知られており、これら清酒酵母を特徴付ける多くの遺伝子が報告されている。先の研究により、転写因子に着目し核タンパク質を比較したところ糖新生などを制御する転写因子である RDS2 の発現量が清酒酵母においては実験室酵母に比べ 34 倍高いことが明らかとなった。そこで本研究では清酒酵母と実験室酵母において RDS2 遺伝子を破壊し RDS2 が生育能や発酵能に与える影響を調べた。清酒酵母 K701 由来の一倍体 H3(MAT alpha)と H12(MAT a)、実験室酵母の一倍体である BY4741 と BY4742 に URA3 遺伝子を導入した BY4741U と BY4742U においてオーレオバシジン耐性遺伝子を用いた相同組換えによりそれぞれ RDS2 遺伝子破壊株を取得した後、接合により二倍体 RDS2 遺伝子破壊株を取得した。また、コントロール株として K701 と BY4743U にそれぞれオーレオバシジン耐性遺伝子を挿入したプラスミドを導入した株を用いた。 RDS2 破壊株とコントロール株それぞれをグルコース10%を炭素源とする YM10 培地にて 30℃にて培養したところ、清酒酵母の RDS2 破壊株はコントロール株と比較して生育能や有機酸生成量に変化が見られたが、実験室酵母の RDS2 破壊株には 変化はみられなかった。これらの事より RDS2 は清酒酵母の生育や発酵に関与しているが、実験室酵母においては関与していないことが示唆された。
【Key words】 酵母、 転写因子、 有機酸
【分野】 1. 醸造基礎
〇田中 純平、清 啓自、門倉 利守、鈴木 健一朗、中山 俊一
(東京農大 ・ 農学研究科・醸造学専攻 、宮崎大・農学部・応用生物科学科)
TTC (2,3,5-Triphenyl tetrazolium chloride) 染色試験とは、還元されることで赤色を呈する TTC を用いて生体の活性を測定する手法である。我々は酵母において電子伝達系の Complex III が TTC 染色性に直接関与していることを解明してきたが、その過程で URA3 の破壊により TTC 染色性が低下することを発見した。 TTC の染色にはミトコンドリアの電子伝達系が直接関与していることが示唆されたが、ウラシル生合成経路は電子伝達系に直接関与しておらず、破壊により TTC 染色性が低下する原因は不明である。そこで、実験室酵母 BY4741 (Δura3) と BY4741U (URA3) に関し、メタボローム解析により代謝産物を比較することで URA3 破壊による TTC 染色性低下の原因を特定することを目的とした。 URA3 はピリミジン系塩基合成の上流に位置する遺伝子であるため、 BY4741 では URA3 より下流のピリミジン系塩基が BY4741U と比較して減少していた。特に、共に減少が予想される CTP は、様々なリン脂質へと代謝され細胞膜やミトコンドリア膜の材料となる。これらのことから、ウラシル生合成酵素破壊による TTC 染色性の減少はリン脂質減少によるミトコンドリア活性の低下が原因であると予想し、TTC 染色培地に様々なリン脂質を添加して TTC 染色試験を行った。しかし、crdiolipin をはじめとするリン脂質の添加によっても TTC 染色性の回復は見られなかった。
【Key words】 酵母、TTC染色、
【分野】 1. 醸造基礎
〇平吉 明日香¹、平田 章悟¹ ²、福本 浩史¹ ³、小松 夕子¹、小林 拓嗣¹、矢澤 彌¹、室井 佑介 ⁴、川上 晃司 ⁴、岩下 和裕¹ ² ³
(¹酒総研、² 広島大院・統合生命、³ 広島大・工、 ⁴ 株式会社 サタケ)
清酒製造において、精米は清酒の風味に影響を与える重要な工程であると考えられいるが、白米形状について探求した研究は少ない。そこで、20-70%精米条件で球形白米、40-70%条件で原形、扁平の形状に調整した白米を作成した。同一条件で製麹、小仕込みを行った清酒 のメタボローム分析を行い、まず主成分分析を行った。その結果、原形、扁平白米は、約20%精米歩合が低い球形白米の近くにプロットされた。そこで、40-70%球形白米のメタボロームデータを用い、OPLS解析による精米歩合予測式を作成し、20-30%の球形白米、40-70%の原形・扁平白米の清酒メタボロームからの精米歩合の予測を行った。その結果、原形・扁平白米の清酒はより低い精米歩合の位置にプロットされた。つまり、原形・扁平白米の清酒はより精米歩合の低い球形白米の清酒に匹敵することが示唆された。
【Key words】 原形精米、扁平精米、清酒、小仕込み試験、メタボローム解析
【分野】 1. 醸造基礎
〇金井宗良 1、水沼正樹 2、渡辺大輔 1,3、藤井力 1,4,5、赤尾健 1,2、家藤治幸 1,4,6
(1酒総研、2広島大・統合生命、 3京都大・農、 4広島大・生物圏、 5福島大・食農、 6愛媛大・農)
清酒酵母は、昔から長い年月をかけて、清酒造りに最も適した酵母として自然に選抜されてきた醸造用酵母であり、アルコール高発酵性・低温増殖性・乳酸耐性・香気成分高生成など様々な特性を有している。我々は、様々な微生物の中でも酵母、特に清酒酵母に高含有している機能性成分であるS-アデノシルメチオニン (SAM) と葉酸に着目し、清酒酵母における SAM 及び葉酸高蓄積機構の解明及び生理学的意義を理解することで、最終的には清酒酵母の様々な特性の全容を分子レベルで把握することを目的とし研究を行っている。
まず、酵母細胞内でのSAM高蓄積機構の理解を目的に SAM 高蓄積に寄与する新規遺伝子を探索した結果、アデノシンキナーゼをコードするADO1遺伝子を同定し、ADO1遺伝子破壊株が示すコルディセピン耐性を指標に、遺伝子組換え体にあたらない実用可能な SAM 高蓄積酵母の取得方法を開発し、実用清酒酵母の育種に成功した。
次に、清酒酵母の SAM 及び葉酸高蓄積能に寄与する遺伝子を同定するため、清酒酵母と実験室酵母の交配による QTL (量的形質遺伝子座) 解析を行った結果、ERC1遺伝子(多剤・毒性化合物排出活性を持つ膜タンパク質)を同定し、清酒酵母が持つ SAM 及びテトラヒドロ葉酸高蓄積能に清酒酵母型 Erc1 の機能が深く関与していることを見出した。
【Key words】 清酒 酵母、 発酵 、 機能性成分
【分野】 1. 醸造基礎
〇知見 悠太 1, 山口 勝司 2, 齋藤 直也 1, 片山 琢也 1,3, 重信 秀治 2, 丸山 潤一 1,3
(1東大院・農生科・応生工 , 2基生研 , 3東大・ CRIIM )
麹菌Aspergillus oryzaeは日本の伝統的な醸造産業に用いられる微生物であり、高い酵素活性を示すなどの醸造特性をもつが、そのメカニズムは理解されていない部分が多い。さらにA. oryzaeにおいて、日本酒・醤油・味噌などの製造の用途に適した多様な株が多く存在する。当研究室では、A. oryzaeにおけるゲノム編集技術 CRISPR/Cas9 システムを確立したことから、あらゆる株において高効率の遺伝子改変が可能になっている。本研究では、株ごとのゲノム情報の比較から特異的な染色体構造を探索し、これを対象としてゲノム編集による欠損を行った。
野生株 RIB40 およびこれと異なる接合型株 AO6 について、 PacBio シーケンサーを用いたロングリードのゲノム配列解析の結果、祖先とされるAspergillus flavusの NRRL3357 株にはない、A. oryzaeに特異的な染色体領域(約 120 kb)の存在が示唆された。また、以前に報告された種麹82株のゲノム情報の多くに本特異的領域が含まれるとともに、これと相同性を示す染色体領域が醤油麹菌Aspergillus sojaeにも存在し、その祖先とされるAspergillus parasiticusの SU-1 株には存在しないことがわかった。以上から、見いだした特異的領域が醸造特性に関係する可能性を考え、ゲノム編集技術によって特異的領域の大規模欠損を行った。今後、酵素生産能などの生理的な影響を調べることで、麹菌がもつ醸造特性の理解が進むことが期待される。
【Key words】麹菌、 染色体 、ゲノム編集
【分野】 1. 醸造基礎
〇根來 宏明 、 伊出 健太郎、小髙 敦史、秦 洋二、石田 博樹
(月桂冠 ・ 総研)
清酒醸造に用いる酵母として最も広く使用されているのは、「きょうかい酵母」が属するK-7グループの菌株であると考えられる。一方で、K-7グループとは異なる菌株で醸造した報告もある。今回我々は、個性的な香味の清酒醸造を目的とし、酒蔵からの酵母の単離に取り組み、さらに取得した酵母について遺伝子解析を行った。
1906年に建築された木造の酒蔵にて微生物を採取し、16s rDNA シーケンスによる菌種同定を行った。その結果、Saccharomyces cerevisiaeを1株単離し、U-01株とした。U-01株を清酒醸造に用いると、きょうかい酵母と遜色ない発酵力を示し、4-ビニルグアイアコール(4-VG)を生成した。U-01株をゲノムシーケンスに供すると、4-VG生成に関与するFDC1は、野生型と160A>T変異型(清酒酵母タイプ)のヘテロ接合型となっており、野生型FDC1を持つために4-VG生産性を示すと考えられた。また、K-7グループの高発酵性の要因であるRIM15変異を有していなかった。さらに、K-7ゲノムと比較して多数のヘテロザイガスなSNPsを確認した。以上の結果から、U-01株はK-7グループとは異なる醸造用酵母の一倍体と、醸造用でない酵母の一倍体が、酒蔵の環境中で接合した株であると推察した。FDC1変異をホモ接合型とする育種を行うことで、4-VGを生産せずに個性的な香味を造り出す菌株になると期待される。
【Key words】 蔵付き酵母、4-ビニルグアイアコール、FDC1
【分野】 1. 醸造基礎
〇吉田雅偲 1、 藤原久志 2、 若井芳則 2、 井沢真吾 1
(1京都工繊大院・応用生物 、 2黄桜株式会社)
高濃度エタノール(10%v/v)は酵母にとってもストレスとなり、翻訳抑制や不溶性タンパク質の細胞内蓄積を引き起こす(FEMS Yeast Res., 2019, 19, foz079)。本研究では、タンパク質の品質管理(PQC)における高濃度エタノールへの適応応答について検討を行い、6%エタノールや37˚Cでの前処理によって10%エタノールによる不溶性タンパク質の蓄積が顕著に抑制されることを見出した。一方、翻訳伸長阻害剤シクロヘキシミド存在下で前処理を行った場合、不溶性タンパク質の蓄積は抑制されなかった。そのため、前処理中の新規タンパク質合成を介してPQC能力が向上し、続く高濃度エタノールストレス下でのタンパク質変性が効率的に対処されるようになったと考えられた。このようなPQCにおける高濃度エタノールへの適応応答が、徐々にエタノール濃度が上昇する醸造過程でも誘導されるか検証するため、ビール・ワイン・清酒の仕込みサンプルを用いて解析を行っている。
【Key words】 Bi-chaperone system、 タンパク質品質管理(PQC)、 高濃度エタノールストレス
【分野】 1. 醸造基礎
醤油酵母Zygosaccharomyces rouxiiにおける産膜制御機構の解析
〇茂木 亮介 1、 渡部 潤 1,2
(1ヤマサ醤油・製造本部、 2福島大・食農学類)
【背景】醤油酵母Zygosaccharomyces rouxiiの特定の株は醤油諸味表面に白い皮膜を形成することが知られており、この現象を産膜と呼ぶ。皮膜状に生育した酵母は、不快臭成分であるイソ酪酸やイソ吉草酸を生産し、醤油の品質を低下させるため、産膜の防止は醤油醸造において重要である。 Z. rouxiiNBRC 110957 株による産膜にはFLO11D遺伝子が必須であることが明らかになっている。 NBRC 110957 株による産膜は、グルコース欠乏下での高浸透圧ストレスによってFLO11D発現が誘導されることで引き起こされる。しかし、FLO11Dの発現制御機構の詳細は明らかになっていない。
【結果と考察】Saccharomyces cerevisiaeにおけるFLO11L発現 制御は詳しく調べられており、MAPキナーゼ経路やcAMP PKA経路などが関与していることが明らかになっている。 NBRC 110957 株のFLO11D発現制御においても類似の機構が存在している可能性が考えられたため、 NBRC 110957 株において、それらの経路に関与する遺伝子の破壊株を作製した。SFL1遺伝子の欠損は食塩存在下でのFLO11D転写量を有意に低下させたことから、Sfl1がFLO11D発現を介した産膜に重要な役割を果たしていることが考えられた。
【Key words】 酵母、 醤油、 Zygosaccharomyces rouxii
【分野】 1. 醸造基礎
○塩澤 優稀 1, 弘埜 陽子 2, 菊川 寛史 2,3, 原 清敬 2,3
(1静岡県立大院・薬食生命 , 2静岡県立大・食栄・環 , 3静岡県立大院・食栄環)
現在、微生物を利用した有用物質生産や、遺伝子組換え技術を用いてそれらの生産性を向上させる研究開発が盛んに行われている。それらの研究開発では、細胞内エネルギー物質である ATP の不足による、生産性の頭打ちが問題となることがある。そこで、本研究では細胞の ATP 再生を活性化させることでこの問題の解決を目標としている。具体的には、有用物質生産によく用いられる出芽(Saccharomycescerevisiae)をモデル生物とし、 ATP 再生を活性化させるために、高度好塩菌Haloterrigena turkmenicaがもつ、光駆動型プロトンポンプの一種であるデルタロドプシンを出芽酵母のミトコンドリア膜に発現させた。これにより、呼吸鎖電子伝達系だけでなく、デルタロドプシンにもプロトンの濃度勾配を形成させることで、 ATP 再生を活性化させることを目的とした。本研究では、生産される際に ATP を消費するグルタチオンを指標として利用し、得られたデルタロドプシンの効果を報告する。
【Key words】 酵母、 光、 デルタロドプシン
【分野】 1. 醸造基礎
○景山 裕也 1, 若林敬二 2, 菊川寛史 2, 原清敬 2
(1静県大院・薬食生命 ,2静県大 院 ・食栄環)
[目的]柑橘類は、果実のみが利用され、果皮に関しては有効活用されていないのが現状である。本研究では、抗酸化力が高いことで知られるアスタキサンチン(ASX)の生産能力を有する唯一の酵母である、Xanthophyllomyces dendrorhous(赤色酵母)の発酵に柑橘果皮抽出液(CPE)を用い、生育と ASX 生産への影響を調べ、柑橘果皮(CP)の発酵原料としての利用の可能性について検討を行った。
[結果及び考察]最小培地である SD 培地を基準とし、 CPE の栄養評価のため、 CP が SD 培地の炭素源であるグルコースおよび窒素・ミネラル源である Yeast Nitrogen Base(YNB)の代替としてなりうるかについて検証した。その結果、 CPE には酵母の増殖に利用可能な炭素源および窒素・ミネラル源が含まれていることを確認した。さらに、 CP の多くを占める多糖類のペクチンが酵母の炭素源として利用可能であることがわかり、その構成糖のうち特に単糖であるアラビノースが最も赤色酵母の増殖に寄与している可能性が高いことがわかった。
【Keywords】 Astaxanthin, Xanthophyllomyces dendrorhous, citrus peel
【分野】 1. 醸造基礎
〇竹内 道樹 1 、 岸野 重信 1,2 、 朴 時範 2 、 北村 苗穂子 2 、 小川 順 2
(1 京大院農・産業微生物、 2 京大院農・応用生命)
発表者らは、乳酸菌Lactobacillus plantarum AKU 1009a のリノール酸飽和化代謝経路を明らかにしている1) 。本発表では、本代謝経路の初発反応である、リノール酸から10 hydroxy cis 12 octadecenoic acid (HYA) への水和反応を触媒する水和脱水酵素(CLA-HY)について報告する。精製した His tag 融合 CLA-HY を用いて、本酵素の諸性質を検討したところ、本酵素は FAD を補酵素として要求し、 NADH により活性が上昇することを見いだした 。また、本酵素は、 Δ9 位にシス型二重結合を有する炭素数18の遊離型脂肪酸を、それぞれ対応する10ヒドロキシ脂肪酸へ変換することを明らかにした2)。また、 CLA-HY 発現形質転換大腸菌の洗浄菌体を触媒として用い、10位に水酸基を有する様々な水酸化脂肪酸を高濃度(1M) かつ高収率(95%以上で生産できることを明らかにした3) 。
1)Kishino et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA , 110 , 637 640 (2013) 2013)
2)Takeuchi et al. J. Biosci. Bioeng. Bioeng., 119 , 636 641 (2015)
3)Takeuchi et al. J. Appl. Microbiol. Microbiol., 120 , 1282 1288 (2016)
【Key words】 乳酸菌、水酸化脂肪酸 、水和酵素
【分野】 1. 醸造基礎
○水谷 友梨香 1 , 加藤 愛理 2 , 関川 貴寛 2,3 , 菊川 寛史 2,3 , 原 清敬 2,3
(1 静岡県立大院・薬食生命 , 2 静岡県立大・食栄・環 , 3 静岡県立大院・食栄環)
近年、コーヒーの消費量は増加しており、コーヒー飲料製造会社やカフェ、コンビニエンスストアなどから大量のコーヒー抽出残渣 (コーヒー粕) が排出されている。ある文献によると、我が国では年間約40万tものコーヒー粕が発生しているといわれている¹。コーヒー粕の一部は肥料化や燃料化が行われているが、製造コストに見合わず、大半は廃棄されている。
本研究は、糸状菌等を利用してコーヒー粕の低分子化、酵母発酵阻害物質の分解を行い、高付加価値品を生産する酵母の培養に利用することで、コーヒー粕の有効利用を目的とする。
今回は、具体的な高付加価物質として抗酸化作用を有するアスタキサンチン(ASX)を生産させた。
参考文献 1 Tokimoto T., Kawasaki N., Nakamura T., Akutagawa J., Tanada S. Removal of lead ions in drinking water by coffee grounds as vegetable biomass. J. Colloid Interface Sci. 2005;281:56 61.
【Key words】 酵母、麹菌、発酵
【分野】 1. 醸造基礎
Induction and isolation of monacolin K hyperprodcuing mutants of Monascus purpureus by synchrotron light irradiation
〇Sittichoke Ketkaeo1, Shuichiro Baba1, Taiki Futagami2, Kei Kimura1, Genta Kobayashi1, Masatoshi Goto1
(The United Graduate School of Agricultural Sciences, Kagoshima Univ., Faculty of Agriculture, Saga Univ.1, Faculty of Agriculture, Kagoshima Univ.2)
Red koji fungi, Monascus spp., have characteristics of producing a variety of secondary metabolites. Monacolin K (MK), one of the most effective substance showing decreasing of cholesterol production as well as lowers blood cholesterol level in both humans and animals. To increase the MK productivity, in this study synchrotron light irradiation was used to induce the mutation of Monascus purpureus KUPM5 (wt strain). The wild type strain KUPM5 was irradiated with synchrotron light under 3 ionizing radiation doses at 50, 100 and 300 Gy. The survival rate showed 3.9% when the spores of KUPM5 was treated at 300 Gy. Then a plate screening method based on an antimicrobial activity of MK against Saccharomyces cerevisiae was determined to select the MK-hyperproducing mutant from the fungal spores irradiated at 300 Gy. Mutant strains MU02, NS01 and NS04 was selected. The MK production of the mutant strains MU02, NS01 and NS04 increased up to 143%, 254.9% and 152.4% respectively, compared to that of wt strain KUPM5 (100%) in the red koji. Three candidate mutants were selected to use as a suitable strains in food industry.
白麹菌 Aspergillus kawachiiにおけるαアミラーゼ AmyBの機能解析
○山口 正晃 1、 門岡 千尋 2、 奥津 果優 1、 吉﨑 由美子 1、 髙峯 和則 1、 後藤 正利 3、玉置尚徳 1、 二神 泰基 1
(1鹿大 院 ・ 農林水産 、 2筑波大 ・ 生命環境 、 3佐賀大・農)
焼酎製造に用いられる白麹菌は、糖質加水分解酵素を分泌生産して原料に含まれるデンプンを単糖レベルに分解する役割 がある。白麹菌の分泌型α-アミラーゼとして、中性α-アミラーゼ (AmyA)と耐酸性 α-アミラーゼ (AsaA) の存在が知られているが、白麹菌のゲノムにはもう1つ推定分泌型α-アミラーゼをコードするamyB遺伝子が存在する。しかし、amyBのα-アミラーゼ活性は評価されていない。本研究は、 AmyB の酵素学的諸性質と生理機能を解析することを目的として行った。まず、白麹菌において amyA、 asaAの二重破壊株と amyA、 asaA、 amyB の三重破壊株を構築した。 各株の培養上清のα-アミラーゼ活性を測定した結果、二重破壊株と比較して三重破壊株はα-アミラーゼ活性が低下したことから、AmyBは白麹菌の総アミラーゼ活性に寄与していることが示唆された。次に、 ΔamyA ΔasaA株において、amyAプロモーターの制御下でamyBを発現する株を構築した。リアルタイムRT-PCRによってΔamyA ΔasaA PamyA-amyB株においてコントロール株と比べてamyBが約20倍高発現したことを確認した。本菌株を用いてAmyBを精製し、酵素学的諸性質の解析に取り組む予定である。
【Key words】 白麹菌、 焼酎、 α-アミラーゼ
【分野】 1. 醸造基礎
〇本田千尋 1、勝田亮 1,2、 小林泉美 1、 馬宮綾音 3、 進藤斉 1,3、 穂坂賢 1,3、 額田恭郎 2、徳岡昌文 1,3
(東農大院 ・ 醸造 1、東農大学・分子生命化学 2, 東農大 ・ 醸造 3)
【目的】我々は重合度(DP)6の清酒オリゴ糖には2つの主要な構造(DP6-1、 DP6-2)があり、DP6-1は主鎖のマルトテトラオースの非還元末端側に2つの隣り合う分岐 (α-1, 6結合 )を持つ構造 1)、 DP6-2は主鎖のマルトテトラオースの非還元末端にイソマルトースが α-1, 6結合した構造であることを示した。本研究では、これらのオリゴ糖が糖転移により生成するのか、米澱粉に由来するのかについて調べた。
【方法及び 結果 ・ 考察】 DP6-1とDP6-2の分岐構造は、澱粉中に存在しないと考えられている。そこで、糖転移による生成の可能性を検討するため、糖転移活性を持つ麹菌α-グルコシダーゼ(AgdA)の遺伝子破壊株を用いて清酒を製造したところ、DP6-2は検出されなかったことから、DP6-2はAgdAによる糖転移で生成すると考えた。一方、DP6-1はAgdA及びAgdBそれぞれの遺伝子破壊株の清酒から検出された。そこで、米澱粉由来の可能性を検討するため、豚膵臓α-アミラーゼ及びグルコアミラーゼ (from Rhizopus sp.)で消化した米澱粉 をLC-MSで分析した。その結果、DP6-1とカラム保持時間及びMS/MSフラグメントが一致するピークが検出されたことから、DP6-1は米澱粉由来であることが示唆された。 これらの結果より、清酒オリゴ糖DP6の2つの分子種は生成メカニズムが異なることが示唆された。
1) Honda, et al., Carbohydr. Polym., in press, (2021)
【Key words】 清酒、オリゴ糖、米
【分野】1. 醸造基礎
〇1 細田 柊志 、 1 安井 瑞稀、 1 門岡 千尋、 1 高谷 直樹、 2 織田 健、 1 竹下 典男
(1 筑波大 ・ 生命環境系、 2 酒類総合研究所)
米麹における麹菌の破精込みは、蒸米の糖化に関わり、清酒造りの品質に大きく影響する。破精込みは麹菌(種)、米(品種・精米歩合)、水分、湿度、温度などで変化する為に制御が難しく、杜氏の経験や勘に頼るところが大きい。そこで、蛍光イメージングによりAspergillus oryzaeの破精込みを定量的に解析した。精米歩合50%または90%の酒米(山田錦)または食用米(千代錦)に、GFPで核を標識した A. oryzaeを生育させて製麴し解析した。その結果、精米歩合90%と比較して50%の酒米でより菌糸が米粒中心に破精込んでいる様子が観察された。その研究過程で、培養時間の経過に伴ってA. oryzaeの核が急激に増える現象を発見した。培養1日目では菌糸先端細胞に 5~20 の核が等間隔に並ぶが、培養3日目には200以上の核が菌糸先端細胞に見られた。また、核の増加に伴ってアミラーゼ酵素活性が増加し、核増加と酵素分泌量に相関が示された。このような核の増加は、近縁種のAspergillus flavusでは見られないことから、A. oryzaeが育種選抜の中で獲得した形質である可能性がある。今後、他のAspergillus属種やA. oryzaeの様々な株のゲノム比較を行い、核の増加に関わる原因遺伝子の探索を行う。
【Keywords】 麹菌、 破精込み、核
【分野】1. 醸造基礎
〇片岡涼輔 1、 渡邉泰祐 1, 2、 山田修 3、 荻原淳 1, 2
(1日大院生資科・生資利用, 2日大生資科・生命化, 3酒総研)
【背景・目的】泡盛の特徴的な香気成分である 1-octen-3-ol は、官能特性に影響を与える化合物であると考えられているが、その生成機構は未解明である。我々はこれまでに、黒麹菌Aspergillus luchuensisが本化合物を生産することを明らかにした 1)。その生合成に黒麹菌が有する脂肪酸オキシゲナーゼppoCが必須であり、ppoA、ppoDが生産を負に制御ことを報告した 1, 2)。
本研究では、黒麹菌における 1-octen-3-ol 生合成の制御機構を明らかにするために、転写因子に関わる遺伝子破壊株114株おける 1-octen-3-ol の生産量を調べ、 その生合成に関係する転写因子の絞り込みを行った。
【方法・結果】黒麹菌における転写因子破壊株は、酒類総合研究所において構築された黒麹菌転写因子破壊株ライブラリーを用いた。 転写因子破壊株を用いて調製した米麹における 1-octen-3-ol 含有量はジクロロメタン抽出後にGC-MSで定量した。 転写因子破壊株の親株であるA. luchuensis ΔligD株を用いた麹における 1-octen-3-ol 含有量に比べ、2倍以上の含有量を示した転写因子破壊株は2株であり、2分の1以下の含有量を示した転写因子破壊株は16株であった。これらの結果より、黒麹菌における 1-octen-3-ol 生合成に関わる可能性のある転写因子を選抜することができた 。
1) Kataoka et al., J Biosci Bioeng, 129, 192 198 (2020).
2) Kataoka et al., J Biosci Bioeng, in press.
【Keywords】 黒麹菌、 1-octen-3-ol、 転写因子
【分野】 1. 醸造基礎
〇田中 瑞己 1、伊藤 圭祐 1、松浦 知巳 2、河原崎 泰昌 1、五味 勝也 2
(1静県大・食栄、2東北大院・農)
真核生物においてジ・トリペプチドはProton-dependent oligopeptide transporter(POT)ファミリーによって細胞内に取り込まれ、出芽酵母においては Ptr2p が唯一の POT であるが知られている。
本研究では、麹菌における POT の同定とその遺伝子発現の解析を行った。
酵母のptr2破壊株の機能相補試験により、 PotA,PotB,PotC と命名した麹菌の3つのトランスポーターがジペプチド取り込み能を有することが明らかとなった。これらの POT 遺伝子の破壊株の生育を調べた結果 PotB と PotC が主要なトランスポーターとして機能し、 PotA は補助的な役割を担っていることが示唆された。遺伝子発現を調べた結果、potBとpotCは窒素源飢餓によって発現が強く誘導されるのに対し、potAの発現は窒素源飢餓では誘導されず、特定のジペプチドによってのみ誘導された。また、potAとpotBの発現はプロテアーゼの発現を制御する転写因子 (PrtR)による制御を受けるのに対し、potCの発現はPrtRによる影響を受けなかった。
一方で、ptr2の発現制御に関与するユビキチンリガーゼのオーソログ(ubrA)の破壊株において、potAとpotBの発現は僅かに減少したのに対し、potCとアルカリプロテアーゼ遺伝子(aplA)の発現が著しく減少した。以上の結果から、3つの POT 遺伝子はいずれもプロテアーゼ遺伝子と協調的に発現し、それぞれ異なる制御機構によって発現が制御されている可能性が示された。
【Keywords】 麹菌、 ペプチドトランスポーター、 プロテアーゼ
【分野】 1. 醸造基礎
1981年 栃木県足利市に生まれる
2002年 ㈱帝国ホテル入社
2006年 キリンジュニアカクテルコンペ優勝
2008年 帝国ホテル退職・ニューヨークへ移住
2011年 日本に一時帰国・スコットランドへ移住
2013年 日本に帰国・㈱ベンチャーウイスキー入社
2019年 WWAにて、ワールドウイスキー ブランドアンバサダー オブ ザ イヤー受賞
現在 株式会社ベンチャーウイスキー ブランドアンバサダー
○楠本憲一、曲山幸生 (農研機構食品研究部門)
【目的】発酵食品データベースは、発酵食品の研究開発、生産、流通、教育の関係者が発酵食品の情報を簡便に収集するためのポータルサイトを提供することを目的として開発した。発表者らは2018年度本学会大会において「発酵食品データベースの構築」と題して、本データベースの構築目的とその内容について紹介し、公開予定であることを発表した。その後、2019年3月に当データベースを公開(https://ffdb-web.dc.affrc.go.jp/)した。本発表では、当データベースの閲覧数について、アクセスログの解析結果からアクセス動向を分析した結果を紹介する。併せて、データベース使用法と使用時の注意点についても解説する。
【方法】下記の環境でシステム開発をおこなった。
DBサーバ:PostgreSQL、Webサーバ:Apache+PHPみそ文化誌、納豆沿革史、関係原著論文等をもとに登録作業をおこなった。アクセス動向の解析については、アクセスログをサーバからダウンロードして、別途作成したエクセルマクロを用いて実施した。
【結果】公開直後2週間の閲覧数は2685件であったが、その後2019年10月の時点で14,000件以上、本年3月29日の時点で21,972件に達した。また、曜日別のアクセス数を解析した結果、平日の訪問数が休日よりも多いことがわかった。このことは、本データベースが業務の中で使用され、企業などが発酵食品の情報収集を目的として使用していると考えられた。さらに、アクセス数の高い月の詳細情報を調べた結果、各種展示会や学会、研究会で本データベースの紹介や使用法などを説明した日時にアクセス数が増大した。この現象と平日利用数増大の関連は不明である。
○柳田茉子 1, 山川達也 2,中嶋唯人 2,久保田和樹 2,中島徹也 2,小林尭矢 2,尾関健二 1,2 (1金工大院・ゲノム研, 2金工大・ゲノム研)
【背景・目的】エチルα-D-グルコシド(α-EG)は、日本酒などに含まれる速効性の甘さと遅効性の苦みのある呈味成分である。近年では、肌質改善効果がある機能性成分して知られている。ヒト飲用試験によるコラーゲンスコアへの有効濃度を検証した結果、α-EG濃度0.8%の純米酒を40mL(320mg/日)を2週間継続することで、コラーゲン密度を有意に上昇させ、低濃度で線維芽細胞に蓄積して継続することで効果が認められた1)。また、日本酒や酒粕をスターターとする米酢や醸造酢には酢酸が含まれており機能性成分として注目されている。酢酸には、血中脂質濃度の改善作用があるとされ、12週間の15mLの酢(750mgの酢酸)摂取群及びプラセボ群における比較で、摂取後の総コレステロール値とトリグリセリド値の有意な低下が報告されている2)。そこで、本研究室で条件確立したα-EG純米酒を用いて、α-EGと酢酸の有効量を摂取できるドリンク酢の開発を目的とした。
【方法・結果】清酒仕込みには、α化米、清酒麹米(精米60%)、きょうかい酵母9号を使用した。さらに酵素剤を加え、15℃で小仕込みを行った。終了後、醪と上清を遠心分離してHPLC分析を行った結果、α-EG:3.2%,Ethanol:17.0%であった。これを用いて、酢酸発酵を行った。酢酸菌には、きょうかい酢酸菌7号を使用し、バッフルフラスコで振盪培養させた。結果として、発酵後のEthanol濃度は、0.1%以下となり、酢酸発酵前後でのα-EGの消長は確認できなかった。本研究によって、α-EGが資化されないドリンク酢を発酵生産ができ、発酵時間と種酢の添加量を調節する事で、酸味を抑えたドリンク酢の作製が可能であった。
1)三井雅紀ら:日本生物工学会2018年度大会講演要旨集,2Cp08(2018)
2)Kondo T., et al., Biosci. Biotechnol.Biochem., 73, 1837(2009)
○高橋雅弥, 笹村昂平, 佐野友希, 横山春花, 吉田知華, 町田雅之, 尾関健二, 川合史晃*, 栗本将太*, 見屋井大輔*, 中村雅彦* (金工大・ゲノム研, *:厚生産業株式会社)
【目的】甘酒や酒粕、米などにはヒトの小腸内で消化吸収されにくい機能を持つResistant Protein(RP)が含まれている。RPを含む酒粕発酵物を摂取することで肌のキメや便通改善、コレステロール低下などの効果を示すことが明らかになっている。RPを高含有した米麹甘酒を用いてヒト試験による角質水分量への影響と腸内細菌叢への影響を検討した。
【方法】米麴甘酒1日125mL(RP含有量109mg)を4週間飲用(平均年齢22歳,男性3名女性3名)し、週間単位で両前腕の角質水分量を測定(Corneometer CM825)した。また、RP高含有甘酒1日125mL(RP含有量565mg)・4週間飲用(平均年齢22歳,男性3名女性3名)と、RP高含有甘酒1日125mL(RP含有量406mg)・4週間飲用(平均年齢23歳,男性4名女性2名)、RP高含有甘酒1日125mL(RP含有量247mg)・4週間飲用(平均年齢23歳,男性4名女性2名)を同様に測定した。腸内細菌叢への影響については20-50代男女25名にRP高含有甘酒125mL(RP含有量247mg)を30日間飲用し、Mykinso Pro(腸内細菌叢測定キット)を用いて、飲用前後で短鎖脂肪酸生産菌の占有率を測定した。
【結果】通常の米麴甘酒の飲用においては、角質水分量の上昇は見られなかった。RP高含有甘酒(RP含有量565mgと406mg)では角質水分量に有意差があり、RP高含有甘酒(RP含有量247mg)では、1週目で6ポイント増加し、速効性が見られた。また、5週目でも6ポイントと、持続性が見られた。さらに、RP高含有甘酒(RP含有量247mg/125mL)の飲用前と後で、腸内の酪酸産生菌とFaecalibacterium属の占有率がそれぞれ12.9%から14.9%、6.8%から8.2%と増加した。甘酒中のRPによって腸内の酪酸生産菌が増加したことで、腸のバリア機能が高まり、肌の角質水分量に影響を与えた可能性が考えられる。
○勝山 聡¹、望月玲於²、鈴木雅博¹、黒瀬智英子¹、髙木啓詞¹、岩原健二¹
(¹静岡県工業技術研究所 沼津工業技術支援センター、²静岡県工業技術研究所)
①目的:サワービールは、酸味を特徴としたビールで、ベルギーのランビック等が代表的である。近年、国内中小ビール製造場においても市販乳酸菌の添加等によって製造したサワービールが商品化されているが、自然界等から分離した微生物を製造に用いた例はほとんどない。そこで本研究では、県内分離微生物のサワービール醸造特性を明らかにするとともに、地域性を付与した安定的なサワービール製造技術の開発を目的に、分離株等の選抜・育種及びそれらを用いた試験醸造を行った。
②方法:乳酸菌は、既報1)に続き県内分離株98株を用い、ホップ無添加麦汁中における乳酸生成量を測定した。酵母は、既存の県産ビール酵母NMZ-0688の麦汁発酵能強化を目的に、当該株を0.05%2-デオキシグルコース(以下、2-DG)含有マルトース培地に塗布し、検出コロニーを2-DG耐性株として取得した。また、この耐性株について0.0~0.5%乳酸含有麦汁(苦味価約16)中でのアルコール生成量を対照株(London Ale Ⅲ、Wyeast社)と比較評価した。試験醸造は、これら選抜乳酸菌及び酵母の組合せ等を変え、ケトルサワーリング法にて2.5L規模で行い、製成酒の成分分析及び官能評価を行った。
③結果:供試乳酸菌による麦汁中の乳酸生成量は、約100~7,000ppmまで多様で、同一属種でも株間に差があった。そのため、良好な乳酸生成を示した3属種4株を選抜した。酵母は、NMZ-0688の2-DG耐性株NMZ-1242を取得し、麦汁発酵能の強化を確認した。また、このNMZ-1242は、0.5%乳酸含有麦汁中のアルコール生成が対照株よりも良好でサワービール製造に適した株であった。これら選抜乳酸菌4株と酵母2株(NMZ-1242及び対照株)の組合せ等を変え試験醸造した製成酒10点について官能評価を行ったところ、使用した乳酸菌と酵母の組合せによって評価に差が生じた。
1)望月ら:静岡県工業技術研究所研究報告,12,59-60(2019).
〇佐藤憲亮、小松正和、恩田匠 (山梨県産業技術センター)
①目的
近年,世界のワイン市場では亜硫酸などの添加物を極力使用しない,いわゆる「自然派」ワインが話題に上ることが多くなっている.本邦においても乾燥酵母を使用しない「自然発酵」を行うワイナリーも増加している.一方で,これらのワインでは,環境中の様々な微生物の影響により,オフフレーバーが生成するなど,酒質が劣化した例も散見される.本研究では,「自然発酵」もろみ中の菌叢が,発酵経過とともに,どのように変化するか検討した.また製成ワインの成分分析を行い,菌叢の違いがワイン品質に与える影響を解析した.
②方法
令和元年度に北杜市および甲州市で異なる時期に収穫された‘甲州’を用いて,乾燥酵母を添加しない「自然発酵」試験を行った.ブドウを圧搾後,補糖および発酵助剤を添加し,果汁を調製した.この果汁を2つに分割し,亜硫酸添加試験区と無添加試験区を設定し,それぞれ18℃一定で発酵を促した.発酵期間中,経時的にサンプルを取得し,酵母菌および乳酸菌の生菌数の推移を調べた.また無添加試験区においては,初発(Alc.0%),発酵初期(Alc.3~6%),発酵中期(Alc.6~8%)にサンプルを取得し,アンプリコン・シーケンスを用いた菌叢解析を行った.また,製成ワインの成分分析を行った.
③結果
無添加試験区の菌叢解析の結果,発酵前の果汁には様々な糸状菌や酵母が存在することがわかった.アルコール発酵の進行に従って,S. cerevisiaeやHanseniaspora属酵母が優位となったが,それらの酵母のアルコール耐性に起因することが考えられた.また製成ワインの成分分析の結果から,無添加試験区において,pHの上昇や揮発酸が増加することがわかった.以上のことから,「自然発酵」によるワイン製成は,オフフレーバーの生成による,品質低下のリスクが高いことが示唆された.
○眞榮田麻友美 1,2,上地敬子 2,平良東紀 1,2 (1鹿児島大学大学院連合農学研究科,2琉球大学農学部)
【目的】泡盛古酒の特徴香バニリンは,原料米中のフェルラ酸(FA)が醸造中に4-ビニルグアヤコール(4-VG)へ変換され,貯蔵中に非酵素的酸化によって生成される。FAから4-VGへの変換については,これまでに黒麹菌Aspergillus luchuensisのフェノール酸脱炭酸酵素(AlPAD)が主要因であることを,alpad破壊株を用いて明らかにしている。今回は,4-VGが醸造中のどの工程で生成されているのかを詳細に調べた。また,蒸留時の熱によるFAから4-VGへの変換量についても調べた。
【方法】A. luchuensis var. awamori ISH1株またはそのalpad破壊株(Δalpad)を用いて,インディカ精白米を原料に30,42,54または66時間製麹を行った。次に,得られた麹で仕込んだモロミを2週間発酵させた後,簡易蒸留器を用いて蒸留し,アルコール濃度10%(w/w)まで採取した。モロミ中でのFAから4-VGへの変換活性(FA脱炭酸活性:FAD活性)を調べるために,仕込んだモロミに対し,一定時間毎に1mMFAを添加し,その後のモロミ中のFAおよび4-VG量の増減を調べた。蒸留時の熱による4-VG生成への影響を調べるために,alpad破壊株で仕込んだモロミにFAを一定量添加した後,蒸留を行いモロミ中および蒸留液中の4-VG量を定量した。
【結果】麹無細胞抽出液のFAD酵素活性は,製麹時間に伴い増加したが,麹中の4-VG量は最大で麹100gあたり0.1µmolであった。一方,同麹で仕込んだモロミ中の4-VG量は,仕込み24,48および72時間後で12.4,14.7および17.6µmolであった。AlPADは菌体内酵素であるためモロミ中で黒麹菌が代謝をしていることが示唆された。モロミへのFA添加試験により,黒麹菌は仕込み開始から少なくとも48時間はFAD活性を示すことが分かった。また,蒸留時の熱によって生成し蒸留液に移行する4-VG量は僅か(寄与率2-3%)で,改めて泡盛醸造中の4-VG生成においてAlPADが主要因(88-94%)であることが確認された。
○長船 行雄,利田 賢次,韓 錦順,磯谷 敦子,向井 伸彦(酒類総合研究所)
【目的】当所では、本格焼酎・泡盛の官能評価の体系化を目的として、これまでに香気成分の閾値調査や香気寄与度の検討、香気成分の分類試験を行ってきた。その結果を基に、本格焼酎・泡盛の標準見本として32種類の標準見本候補物質を設定した1)。当該標準見本候補物質について、多くの本格焼酎・泡盛の官能評価の専門家による評価を受けることで、設定濃度や対応する評価用語の妥当性について検証することとした。
【方法】試験方法については、清酒の標準見本候補物質を選定する上で宇都宮らが実施した手法2)を参考とした。評価者は本格焼酎又は泡盛の官能評価経験が3年以上ある者とし、県公設試、大学、焼酎製造場及び国税局(国税事務所)などの機関に所属する者が参加した。
標準見本候補物質を用いた香気特性による分類試験の結果1)を参考に、一部の化合物は濃度を見直した上で、各候補物質を添加した32種類の試料(25%(v/v)エタノール溶液)及び対照(同濃度のエタノール溶液)を各機関へ提供した。各機関では、通常、官能評価を行っている場所及び環境にて試験を実施してもらった。評価容器は各人専用の210ml容プラカップとし、試料容量は約45mlとした。
【結果】候補物質を添加した試料と対照との間で差があると回答した者の割合(検知率)、当該物質の香りを本格焼酎・泡盛中に感じたことがあると回答した者の割合(経験率)及び香り表現について集計した。以上より、本格焼酎・泡盛フレーバーホイール作成のための基盤的な知見を得た。
1)長船行雄ら:醸協,(印刷中)
2)宇都宮仁ら:醸協, 105(2), 106-115 (2010)
○岡崎 直人、稲橋 正明、中原 克己、蓮田 寛和、武藤 貴史、下飯 仁、木崎 康造、平田 大 1,3、奥田 将生 2,3
((公財)日本醸造協会、1新潟大学、2(独法)酒類総合研究所、3酒米研究会)
【目的】(公財)日本醸造協会主催の杜氏セミナーは全国新酒鑑評会への出品の参考とするために実施しており、本報告では、平成20年~平成31年の12年に亘る全出品酒について、酒米研究会から発表されている全国統一分析結果から、該当する品種の分析値と杜氏セミナーの分析結果を統合して12年間の酒質の傾向を知ることを目的とした。
【方法】製造事績として、精米歩合、醪日数等、出品酒の一般成分としてアルコール、日本酒度、酸度、グルコース等、香気成分として)、酢酸エチル、酢酸イソアミル、カプロン酸エチル等、官能評価値として総合評価、香欠点指摘数、味欠点指摘数を、全出品酒923点の86%が「山田錦」であったことから酒造原料米品種を「山田錦」と見なし、出品酒の製造年度に当たる「山田錦」の千粒重、精米歩合、吸水性、消化性Brix、F−N、粗蛋白等の各平均値を抽出し、相関分析、主成分分析、因子分析、パーティション分析、クラスター分析を実施した。
【結果】
1.酒米分析結果を踏まえた出品酒生産年度の特徴として、消化性Brixが出品酒のグルコースと極めて高い正の、火入れまでの日数、アルコール、日本酒度等の発酵経過に関する項目と高い負の相関関係が認められ、また、グルコースと総合評価の間に相関関係が認められグルコース濃度が高いと総合評価は良好であった。
2.相関行列から出発した因子分析の結果、バリマックス回転後の因子1は、原料米の溶解性、醪の発酵性に関し、消化性Brixとグルコースが高く、総合評価が良いことに寄与し、因子2は、イソアミルアルコールが高く、アル添量、酸度が低く、濃さ・きれいさに関する因子と解釈した。この結果は、清酒の味の基本的構造を提案した佐藤ら1)の報告に沿った解釈が可能であった。消化性Brixが出品酒のグルコース濃度や製造条件、延いては生成酒の品質にも大きく影響している結果を踏まえ、ワインのヴィンテージのように、清酒品質に原料米の生産年が反映できる可能性を示している。
1)佐藤信ら:醸恊、69,No.11,771•773(1974)
○栁澤昌臣、渡部貴志、石田一成、吉野 功 (群馬産業技術センター)
①目的
味覚センサーは、人の味覚に近い評価と結果の可視化を行うことが出来るため、清酒に馴染みのない外国人及び国内若年層に向けた地酒のPRに活用できると考えられる。一方、味覚センサーの結果(味覚項目)が、清酒中の成分や官能評価の結果とどのように対応しているかを調べた報告は少ない。そこで本研究では、群馬県の地酒の特徴を消費者に分かりやすく紹介するため、県内外の清酒を集め、味覚センサー分析値・成分分析値・官能評価間の相関を評価した。
②方法
市販酒として販売されている普通酒を中心に群馬県内酒造会社の清酒(群馬の地酒)24点と県外で醸造された清酒(県外酒)33点、計57点を収集し、官能評価及び成分分析に供した。成分分析は、酸度、アミノ酸度、着色度、アルコール分、日本酒度、アミノ酸、有機酸、香気成分、糖類、無機元素の定量を行った。味覚センサーは、味認識装置TS-5000Z(インテリジェントセンサーテクノロジー製)と6つのセンサー(酸味、苦味、渋味、旨味、塩味、甘味)を用いた。
③結果
味覚項目において苦味及び渋味以外の項目では、人の味覚で試料間の味の違いを識別できることが数値として示された。また、各味覚項目とその項目から連想される清酒中の成分や官能評価結果との間に相関関係が確認された。さらに、味巾や熟度などを判断する指標としても味覚センサーが活用できる可能性が示唆された。群馬の地酒は、各味覚項目で様々な数値を示しており、今回の結果からも味のバリエーションに富んでいることがわかった。
④謝辞
松丸克己前関東信越国税局(現大阪国税局)鑑定官室長に市販酒調査会に審査員として参加して頂いた。
〇三木功次郎,安井健太,田中 佑 (奈良工業高等専門学校)
【目的】自己駆動型クーロメトリー1)は、電池と同様に酸化還元電位の差を駆動力として、酸化還元反応によって流れた電気量から目的物質の絶対量を測定する方法である。この自己駆動型クーロメトリーとFADグルコース脱水素酵素(FAD-GDH)を用いたグルコース測定法を開発して、日本酒モロミ中のグルコース測定に応用できた。本研究では、より低コストのグルコース測定法の開発を目指して、グルコースオキシダーゼ(GOD)を用いたグルコース測定を試みた。
【方法】自己駆動型クーロメトリーの測定セルは市販アクリル樹脂製透析セルを加工して作製した。電極にはカーボンフェルトを用い、アノードにはリン酸緩衝液(pH6.0)を含侵させ、カソードには被還元物質となるK3[Fe(CN)6]溶液を含侵させた。試料となるグルコース溶液および酵素反応液(GOD、2,3-ジメトキシ-5-メチル-1,4-ベンゾキノン(UQ0)、ムタロターゼを含む)をそれぞれ個別にN2ガスで脱酸素したのち,所定量を混合してN2ガスによる脱酸素を行いながら,次に示すGODによる酵素反応を5分間行った。酵素反応終了後の溶液10µLをD-グルコース+UQ0→グルコノ-1,5-ラクトン+UQ0H2自己駆動型クーロメトリーの測定セルのアノードに注入した。GODによるグルコースの酸化反応に伴い生成した還元型UQ0とカソードに含侵した[Fe(CN)6]3-の酸化還元電位の差により、自己駆動により流れた電流をデジタルボルトメーターで測定して、得られた還元型UQ0の物質量からグルコース濃度を求めた。
【結果】酵素反応液のクーロメトリー測定は約3分で終わり、得られたグルコース濃度は吸光度法(グルコースCⅡ-テストワコーを使用)により得られた濃度とよく一致した。また、大吟醸酒のモロミをろ過して、40倍希釈してグルコース測定したところ、吸光度法により得られた濃度とよく一致した。日本酒には本法の測定の妨害となる酸化還元物質は含まれておらず,簡便・迅速・低コストのグルコース測定法として,醸造現場で利用可能と考えられる。
1)内山俊一編、高精度基準分析法クーロメトリーの基礎と応用、学会出版センター、1998
○福田敏之、杉本勇人、進藤昌(秋田県総合食品研究センター)
【目的】
ジアセチルは、ほとんどすべての発酵飲食品の品質を左右する重要な香味成分である。これまで飲料中のジアセチルに関して多くの研究がなされている。しかしながら、「ジアセチル」として測定されているにも関わらず、実際にはその前駆体や同族体も含んでいたりするなど不正確なものが多く、ジアセチルについての正確な知見は乏しい。本研究では新たに開発したジアセチルの分析法を用いて、清酒醸造過程における当該物質およびの関連物質の消長を明らかにする目的で解析を実施した。
【方法】
清酒中のジアセチルの分析は、清酒にジクロロメタンを添加し4℃で溶媒抽出した、後、内部標準を添加しGC-MSにより解析する方法により行った。また、総米40kgでの醸造試験を実施し、ジアセチルとペンタンジオンの消長を解析した。
【結果】
ジアセチルおよびペンタンジオンを0.1ppmの濃度で添加した清酒を用いて添加回収試験を実施したところ、回収率はそれぞれ93%、102%と良好な結果が得られた。また、清酒醸造過程でのジアセチルとペンタンジオンの消長についても定量分析を実施した。さらに、清酒もろみでのジアセチル(DA)とペンタンジオン(PD)の量比DA/PDは0.1~1.0の間にあるのに対して、火落ちした清酒ではDA/PD比が0.1未満になることが明らかとなり、火落ちした清酒の判別にDA/PD比が有効であることが示唆された。
〇上原 智美、佐藤 友紀、進藤 昌〔秋田県総合食品研究センター醸造試験場〕
【目的】酒造工程中に醸造に不必要な微生物が混入することで4-ビニルグアヤコール(4-VG)などのオフフレーバーが発生し、商品価値の低下を招くことがある。我々は、以前より秋田県内の清酒製造場の麹の微生物検査を定期的に行うことで、麹室を中心とした製造場内の衛生環境の改善を支援していた。これまでは製造場内の微生物叢を調べるために培養法を用いていたが、同法は結果が出るまでに時間がかかることやコロニーの形態から微生物を同定するのは困難であることから、PCRを用いた微生物の検出法について検討することとした。
【方法】本県の清酒製造場内の拭き取り検査を実施(約150点)し、寒天培地を用いて培養した。生育したコロニーからダイレクトPCRを行った。プライマーは一般的な16SrDNA検出用(バクテリア)と26SrDNAのD1/D2領域(真菌)検出用を使用した。次に、PCR条件の最適化を行うために、反応系に米麹懸濁液(PCR阻害を想定)を添加/非添加でPCRを行い、ポリメラーゼの評価を行った。さらに米麹を試料として、単離した微生物に特異的なプライマーを設計し、PCRによる検出を試みた。
【結果】県内の製造場内の拭き取り検査の結果から、単離した83点の微生物を同定したところ、その多くはBacillus属やミクロコッカス科のStaphylococcus属およびKocuria属の細菌、または野生酵母であり、これまでの研究と同様の結果であった。PCR条件の検討に用いた5つのポリメラーゼでは増幅効率に最大で2.4倍の差が見られた。また同定結果を基に16SrDNA配列内で特異的なプライマーを設計し、米麹に生育するStaphylococcus属やBacillus属などの検出を行ったところ、定性的な検出は可能であることが分かった。現在は検出限界の設定など詳細な条件検討を行っている。
○高橋泰 ¹、上原謙二 ²、渡辺隆幸 ²、木村貴一 ³ (¹高茂合名会社、²秋田総食研 醸造試験場、³秋田総食研 食品加工研)
【目的】天然醸造味噌は、発酵蔵や木樽の住み付き酵母による複雑な発酵が進むことで知られている。高茂合名会社の味噌製造場において、木樽仕込み天然醸造味噌より分離されたリンゴ様の香りが良好な耐塩性味噌用酵母Zygosaccharomyces rouxii YAMAMO 001株の多用途化を検討したところ、優れたコハク酸生成能を見出した。コハク酸生成能をはじめとする菌学的諸性質や応用について検討したので報告する。
【方法】味噌や醤油を分離源とする市販の耐塩性酵母Z. rouxii NBRC 0505株、NBRC 0506株、NBRC 1876株、NBRC 1877株の4株を対照として用いた。5%食塩を含むYPD培地にて、30℃で48時間静置培養したものを前培養液とした。自作の甘酒や市販の果汁飲料を用意し、終濃度10%となるように食塩を加えたものを培地とした。培地体積の1/100量の前培養液を添加し、30度で30日間以上静置培養して本培養とした。本培養中は経時的にサンプリングを行い、有機酸とエタノールの測定を行なった。
【結果】10%食塩を含む甘酒をYAMAMO 001株で発酵させた発酵塩麹中のエタノール生成量を検討したところ、最大で3.39%であった。続いて、発酵塩麹中におけるYAMAMO 001株のコハク酸生成能を検討した。本培養31日目の嫌気的な培養では107.1mg/100ml、好気的な培養では227.3mg/100mlのコハク酸を系中に生成することがわかった。これは、対照株の最高値と比べて1.5〜1.7倍のコハク酸を生成し、かつ、コハク酸のうま味を明確に感じることができた。コハク酸生成経路について、培養初期に生成した酢酸が後半になると検出されない事や好気的な培養でコハク酸生成量が増加することから、酢酸はアセチルCoAを介してTCAサイクルに取り込まれ、コハク酸を生成する可能性が示唆された。
〇藤原朋子¹,尾形智夫²,黒木克明² (¹広島県立総合技術研究所食品工業技術センター,²前橋工科大学大学院生物工学専攻)
【目的】味噌中のエタノールや香気成分は,耐塩性酵母Zygosaccharomyces rouxii等の発酵により生成されている。品質の安定した味噌を製造する目的で,仕込時に培養した耐塩性酵母の添加が行われている一方,蔵つきの耐塩性酵母を利用した味噌製造も行われている。広島県の酵母資源として活用を図ることを目的に,県内で製造された味噌から分離した蔵つきの耐塩性酵母の特性を明らかにした。
【方法】4製造所の6種類の味噌から分離した32株の耐塩性酵母を供試した。生育特性として,食塩濃度と生育域,生育温度域及び糖類発酵性及び資化性を調査した。また,遺伝的特性として,PCR手法によりZ. rouxiiの基準株グループあるいはハイブリッドグループ(一倍体の基準株グループと近縁種グループとが自然交雑した異質二倍体)の判定1)と接合遺伝子のa型,α型及び基準株グループ(T-サブゲノム)由来か近縁種グループ(P-サブゲノム)由来かを解析2)した。
【結果】食塩濃度と生育pH域(30°C)は,食塩3MでpH3.5~6.5に幅広く生育を示すものと,pH3.5~5.5のみよく生育するものに分かれた。生育温度域(食塩2M,pH5.5)は,15~40°Cで生育するものがほとんどであった。糖類発酵性及び資化性は,ガラクトース,マルトース,スクロース,トレハロースについて,株による違いがみられた。全ての供試株がZ. rouxiiの分類グループを判定するプライマーによりPCR増幅され,基準株グループもハイブリッドグループも存在した。ほとんどの株が分類されたグループ由来のMATaかMATαと解析できたが,MATaの前半部分がP-サブゲノム由来,後半部分がT-サブゲノム由来となっている株があった。
1) Tomoo Ogata et al . : J. Gen. Appl. Microbiol, 64, 127-135(2018)
2) Jun Watanabe et al . : Appl. Environ. Microbiol, 83, e01187-17(2017)
〇塚原正俊 1・阿部峻之 1・塚原恵子 1・渡久地洋平 2・高木博史 3 (1(株)バイオジェット、2(有)神村酒造、3奈良先端科学技術大学院大学)
①背景・目的
沖縄県の伝統的酒類である泡盛は日本で最古の蒸留酒である。泡盛の製造工程の中で蒸留は酒質に大きく影響することから、ウイスキーなどの蒸留法を参考に県内12酒造所による共同開発が進められ、2019年に3回蒸留泡盛「尚」が商品化された。常圧蒸留を3回繰り返すという特徴から、従来の常圧あるいは減圧で蒸留した泡盛との成分バランスの違いに興味が持たれる。本研究では、3回蒸留泡盛の化学分析とともに、本法に適した泡盛酵母を用いた醸造を行った。
②方法
複数銘柄の3回蒸留泡盛とともに、これらの酒造所に対応する常圧蒸留および減圧蒸留で製造した泡盛を試料とした。本法に適した酵母の候補として、育種により開発した泡盛酵母T251)を用い、泡盛の試製は神村酒造の製造スケールにて実施した。また、泡盛香気成分の網羅的分析は、フラッシュGCノーズHERACLESII(Alpha Mos)によって行った
③結果
網羅的な成分分析の結果、各試料の香気成分プロファイルは3回蒸留、常圧蒸留、減圧蒸留で3グループに明確に区別され、さらに3回蒸留泡盛は銘柄間の差異が大きかった。3回蒸留泡盛は、isoamy lacetateおよびethyl butyrateの濃度が高く、2-phenetyl alcoholおよびisoamyl alcoholの濃度が低いこと、さらに濃度が高い香気成分は銘柄間でのばらつきが大きいことが判明した。次に、3回蒸留泡盛の特徴を生かした泡盛醸造条件を検討した。育種したT25株はロイシンを高生産する酵母であり、isoamyl acetateを豊富に含む泡盛醸造が可能である。T25株により3回蒸留泡盛を試製したところ、他の3回蒸留泡盛と比較してisoamyl acetateの濃度が高かった。以上の結果から、T25株は3回蒸留泡盛の特徴を引き出せる酵母であることが示された。T25株を用いた3回蒸留泡盛として「尚KAMIMURA」が商品化された。
1)Abe T. et al.,2019, Front. Genet., 2019. doi:10.3389/fgene.2019.00490
〇磯谷敦子 1、池田優理子 1、藤井力 1,2、中原克己 3、下飯仁 3、井上豊久 4、櫻井崇弘 4、中村稔彦 4(1酒総研、2福島大、3日本醸造協会、4日本盛)
【目的】
酒類総合研究所と日本盛株式会社が共同開発した老香前駆体低生産性酵母mde-D1は、老香の主成分であるジメチルトリスルフィド(DMTS)の前駆体DMTS-P1の生産性が低下した株で、老香の低減に有効である1)。しかし本株は、親株であるK701と比較し、増殖が遅いなど醸造特性に違いがみられ、もろみ管理等に工夫が必要である2)。本株をより多くの製造場で利用していただくため、R1酒造年度は日本醸造協会より酵母の試験販売を行い、製成酒や製造条件に関する情報を収集した。本発表ではその解析結果について報告する。
【方法】
令和2年1~3月に試験販売を行った。酵母を購入した製造場には、製成酒の提供と製造条件等に関するアンケートへの協力を依頼した。また、対照仕込みを行った場合、対照酒についても同様に依頼した。製成酒について、DMTS-P1濃度とDMTS生成ポテンシャル(DMTS-pp、70℃1週間貯蔵後のDMTS量)を測定した。アンケートでは、酵母の培養条件や添加量、酒母・もろみの製造条件、製成酒の一般成分等について回答を求めた。
【結果】
酵母を購入した36社のうち30社から、製成酒とアンケートの回答が得られた。製成酒の分析の結果、mde-D1製成酒のDMTS-P1濃度およびDMTS-ppの平均値は、対照酒の1/10程度であった。mde-D1製成酒36点のうち34点はDMTS-ppが検知閾値(0.18μg/L)以下であり、様々な製造条件においてもDMTSの生成が低レベルに抑えられることが示された。発表ではアンケートの解析結果もあわせて報告する。
1)Makimoto, J. et al, J. Biosci. Bioeng., inpress
2)平成30年度日本醸造学会大会講演要旨集(2018)
奥村真衣 1, 吉村明浩 2, 澤井美伯 2, 正木和夫 2,3, 石井雅之 4, 向田潤 5, 三井亮司 5, 島田昌也 1,4, 早川享志 1,4, ○中川智行 1,4
(1岐阜大院・自然科学, 2岐阜県食科研, 3酒総研, 4岐阜大・応生科, 5岡山理大・理)
【目的】4-ビニルグアイヤコール(4-VG)は、煙・スパイス様の香りをもつことから、清酒のオフフレーバーの一つとされる。きょうかい酵母はフェルラ酸脱炭酸反応を触媒するPad1p/Fdc1pのFDC1ナンセンス突然変異のため4-VGを生産しないが、野生酵母ではしばしば4-VG生産がみられ、清酒醸造の妨げとなっている。しかし、野生酵母における4-VG生産/非生産酵母の分布、4-VG非生産株の4-VG非生産の遺伝的要因の知見はほとんどない。本研究では野生酵母における4-VG生産能の分布と4-VG非生産の遺伝学的要因の解明を目指した。
【結果・考察】自然界由来野生酵母59株と東京農大菌株保存室から分譲された醪由来酵母と花酵母24株の4-VG生産能を観察したところ、31株が非生産株であり、野生酵母由来は7株のみであった。Pad1p/Fdc1pは桂皮酸の脱炭酸反応も触媒することから、4-VG非生産株の桂皮酸感受性を観察したところ、全ての株が感受性を示した。このことから4-VG非生産株は自然界で植物樹皮由来桂皮酸の毒性回避能を欠損していることが考えられた。一方、4-VG非生産株31株のうち3株はK7株同様、Fdc1pにナンセンス変異をもち、これら株は清酒酵母グループに属していた。またFdc1pが正常な株由来PFDC1–FDC1の機能を観察したところ、BY4741 fdc1Δ株の4-VG生産を相補できない4株が存在し、共にPFDC1に−354G>Tの変異があった。またPFDC1-FDC1が正常な4-VG非生産株は、Pad1pに失活を伴う変異はみられなかった。しかし、これら株にはpad1Δ株の4-VG生産能を相補できないPPAD1-PAD1をもつ株もあった。以上、桂皮酸にさらされる環境下から単離される野生酵母は4-VG生産能を持つ可能性が高く、また野生株の4-VG非生産の遺伝的要因は多様であることが示された。
○伊出 健太郎、根来 宏明、小高 敦史、秦 洋二、石田 博樹 (月桂冠株式会社・総合研究所)
【目的】清酒において4-ビニルグアヤコール(4-VG)はオフフレーバーとされ、米に由来するフェルラ酸が脱炭酸されることで生産される。酵母による4-VG生産にはFDC1、PAD1両遺伝子の機能が必要であり、清酒酵母はFDC1に機能欠損変異をホモで有しているため、4-VG非生産となっている。当社の酒蔵の環境中より単離された蔵付き酵母U-01は、小仕込み時に4-VGを生産するものの、味の評価が優れていた。そこで本研究では、U-01の4-VG非生産株を育種することで、香味の優れた清酒を造ることを目的とした。
【方法と結果】U-01のゲノムを解析したところ、7号系酵母とは系統が異なることが確認された。またU-01はFDC1の機能欠損変異をヘテロで有していたことから、機能欠損型FDC1をホモ化することによる4-VG非生産株の育種を試みた。FDC1の近傍に位置し、γ-グルタミルキナーゼをコードするPRO1をターゲットとし、プロリンアナログであるL-アゼチジン-2-カルボン酸(AZC)耐性株を選抜することで、PRO1に巻き込まれる形でFDC1にヘテロ接合性の消失(Loss of Heterozygosity;LOH)が起きた株の取得を目指した。結果、FDC1においてLOHを起こした株を複数取得することができた。ただしこれらの株においてPRO1に変異があったのは1株のみで、残りの株においてはPRO1の変異は見られなかった。PRO1非変異株がどのようにAZC耐性を獲得したのかは現在解析中である。FDC1の機能欠損変異がホモ化した株で小仕込み試験を実施したところ、4-VG非生産となっており、醸造された清酒は特徴的な甘酸っぱい香りや奥行きのある甘味を有していることを確認した。大型スケールでも、同様に特徴ある清酒を醸造することができた。本研究は非・清酒酵母のオフフレーバーのみを排除することで通常の清酒酵母では出すことの難しい香味を実現したものであり、清酒の多様化に資するものと考えられた。
○下飯仁 ¹ ²、前田岳彦 ¹、田中美穂 ¹、相澤みお ¹、山田美和 ¹、末次-佐々木春菜 ³、赤尾健 ³ (¹岩手大学農学部、²公益財団法人日本醸造協会、³独立行政法人酒類総合研究所)
【目的】きょうかい7号系の清酒酵母は,急性のストレスには感受性であるが,高いアルコール発酵力を示すことが知られている。この現象の逆を利用すると,ストレス耐性はあるがアルコール発酵力の低い実験室酵母からストレス感受性変異株を選抜することで,高発酵力変異株を取得することができる。今回,取得した変異株の変異遺伝子を解析したので報告する。
【方法と結果】実験室酵母の一倍体を変異処理して熱ショック感受性株を取得し,それらの清酒小仕込試験を行った。その結果,熱ショック感受性変異株の一部は高いアルコール発酵力を示すことがわかった。高発酵力を示した変異株6株について,遺伝解析を行った結果,5株が劣性であった。劣性の5株について親株と交配し,胞子形成後のセグレガントの形質を調べた。その結果,いずれの株でもストレス感受性とストレス耐性が2:2に分離し,ストレス感受性が1遺伝子に支配されていることがわかった。これらの5株について相補性試験を行った結果,MD10を含む相補群が4株,MD102を含む相補群が1株であった。次に,MD10およびMD102について,Pooled linkage analysisによる変異点の同定を試みた。変異株を親株と戻し交配し,セグレガントをストレス感受性株とストレス耐性株に分けてプールした。全ゲノム解析により,ストレス感受性株プールには存在するが,ストレス耐性株プールには存在しない変異を検索した結果,MD10についてはRasのGAPをコードするIRA1に変異があることがわかった。MD10にIRA1を含むプラスミドを導入すると,ストレス感受性と高発酵性が相補された。また,ira1Δ株はストレス感受性で高発酵性であったが,MD10と交配しても,ストレス感受性も高発酵性も相補されなかった。以上の結果から,MD10はIRA1の変異によってストレス感受性かつ高発酵になったことが明らかとなった。
〇西村 明、谷川 翼、棚橋 亮弥、高木 博史 (奈良先端大・バイオ)
①目的
酵母Saccharomyces cerevisiaeはワインなどの醸造に用いられ、酵母による原料の資化が酒類の味や風味を決める大きな要因となっている。プロリンはワインの原料であるブドウ中に最も豊富に含まれるアミノ酸であるが、発酵中の酵母はプロリンをほとんど資化することができず、発酵後も多量に残存することが知られている。残存したプロリンは苦味の増加や酸味の減少を引き起こし、最終製品であるワインの酒質を低下させると考えられている。本研究は、発酵環境下においてプロリンを効率良く資化できる菌株の創製を目的とし、プロリン資化抑制に関わる因子の同定とその作用機序の解析を行った。
②方法
まず、プロリン資化能を酵母の生育によって評価するために、プロリン要求性株の構築を行った。構築したプロリン要求株を用いて、様々な窒素源を含む培地において生育試験を行い、資化抑制因子の探索を行った。さらに、同定した阻害因子がプロリン代謝遺伝子群の転写やプロリントランスポーターの細胞内局在に与える影響を観察した。
③結果
プロリン要求性株を使用して、生育からプロリン資化抑制因子を探索した結果、興味深いことにブドウ中に2番目に多い窒素源であるアルギニンが阻害因子であることが判明した。さらに、アルギニンはプロリン代謝遺伝子群の発現を大きく抑制すること、プロリントランスポーターのエンドサイトーシスを誘導することを発見した。現在、アルギニン存在下でもプロリン資化が可能な自然突然変異株をスクリーニング中である。将来的には、実験室酵母で得られた知見をワイン酵母の育種に応用することで、プロリン含量の低い高品質なワインの製造が期待される。
守興麻理絵 ¹ ²、五島徹也 ¹、岡崎直人 ³、○赤尾健 ¹ ⁴ (1 酒類総合研究所、2 広島大・発酵、3 日本醸造協会、4 広島大院・統合生命)
【目的】今日の清酒酵母菌株の主流は、きょうかい6号(K6、以下同様)、K7、K9、K10及びこれらの派生株である。これらは塩基レベルでは相互に極めて近縁だが、各系統内にも頒布年度や保存機関により、塩基レベルの多様性がある。一方、これまで各系統内の染色体の構造多型に関する知見はない。そこで、K6、K7、K9、K10の各系統の多くの菌株を対象とし、電気泳動核型解析により、染色体の構造多型の実態を調べることとした。
【方法】K6、K7、K9、K10の各系統に属し、頒布年度、保存機関等の異なる約150菌株について、CHEF方式の装置を用いてパルスフィールド電気泳動を行い、核型を観察した。
【結果】各系統の核型を大まかに比較したところ、過去に報告のあるとおり、K10系統には、他の系統にはない特異的なバンドが共通して観察された。また、K6、K7、K9の各系統では、系統を超えて核型の類似性の高い株が存在する一方で、K10も含めた各系統内において、それぞれいくつかの核型の多型が認められ、各系統内に、染色体の構造多型が存在することが示された。醸造協会頒布株では、同名の年度違いの株間でも、醸造特性の傾向が概ね維持されていたこと1)を踏まえると、今回示された系統内での染色体の構造多型は、各系統に特徴的な醸造特性には大きく影響していないと考えられた。これまで核型多型については、菌株の判別への応用が検討されることもあった。しかし今回の結果では、各系統に関し、系統内の一部で見られる特徴的な核型多型を指標として、それを持つ株に限定して系統の推定が可能な場合もあったが、それ以外は系統間の判別が困難なことも多かった。電気泳動核型による系統判別については、他にはない特徴的な核型を有するK10系統の判別以外には、汎用性や精度の面で実用的ではないと考えられた。
1)岡崎直人ら ,醸協 ,113, 515 (2018)
○清野 珠美,和田 潤,廣岡 青央 (京都市産技研)
【目的】京都市産業技術研究所では,京都の酒造業界への技術支援の一環として,昭和30年代から研究所保有清酒酵母の分譲を行っている。さらに近年は,京都市産技研独自で,香味に特徴の出る清酒酵母開発にも取り組んでいる。現在までに「京の琴(こと)」「京の華(はな)」「京の咲(さく)」「京の珀(はく)」,そして「京の(こい)」の5種類が「京都酵母」として実用化されている。個々の酵母の特徴は,実験室レベルでの小仕込試験や分析などにより見出されているが,製品レベルでの詳細な分析比較は行っていなかった。そこで本研究では,「京都酵母」を使用した市販清酒製品の分析・解析を行い,個々の酵母の特徴が市販清酒製品にどの程度現れているかを明らかにすることを目的とした。
【方法】試料は「京都酵母」を使用した市販製品又は実製造規模で試験製造された清酒を用いた。分析項目は,アルコール度数,日本酒度,酸度,アミノ酸度のような清酒の一般的な分析項目に加え,GCによる香気成分,LC-MSによる有機酸,アミノ酸の組成分析を行った。最後に,得られた分析データを用いて主成分分析を行った。
【結果と考察】主成分分析により,同じ清酒酵母を使用した試料のプロットが集約する傾向があり,原料米や仕込規模等が異なる清酒でも,使用した清酒酵母の特徴が表れていることが示唆された。
○栗林喬 ¹、畠山明 ²、浅野宏文 ³、古田悟 ⁴、原崇 ⁵、鈴木一史 ⁵、城斗志夫 ⁵、金桶光起 ⁶、小熊哲哉 ¹、渡邉剛志 ¹ ⁵
(¹新潟食料農業大学、²吉乃川株式会社、³越銘醸株式会社、⁴今代司酒造株式会社、⁵新潟大学農学部、⁶新潟県醸造試験場)
【目的】清酒製造において、清酒酵母は、原料米と麹菌とともに清酒の品質を決定する大きな要因である。現在、一般的な清酒製造に用いられる清酒酵母は、公益財団法人日本醸造協会から配布されているきょうかい酵母である場合が多く、清酒の安全な醸造や高品質化に大きく貢献している。一方で近年、酒類の多様化に伴い、より個性的でブランド力ある清酒製品が重要になるなか、酒造場の酒造道具や作業場内に存在する「蔵付き酵母」を利用することによって、製造者間における差別化を図る試みがなされている。そこで本研究では、以前我々が開発したLoop-mediated Isothermal Amplification(LAMP)法を用いた醸造用酵母の識別法を利用して、清酒製造場より酵母のスクリーニングを行ったところ、既存の清酒酵母とは異なる「蔵付き酵母」を選抜することに成功した。さらに、単離した酵母を用いて清酒製造が可能であったので報告する。
【方法】新潟県内の各酒造場の酒母及び醪から、TTC染色法とK7_02212遺伝子およびPPT1遺伝子を標的とするLAMP法をスクリーニング法として利用し、K7グループ系清酒酵母とは異なる酵母を分離した。さらに、得られた酵母の酸性ホスファターゼ活性の有無、細胞膜表面の疎水度、胞子形成率といった生理学的特徴を解析し、K7グループ以外のきょうかい酵母との差異も調査した。
【結果】本LAMP法を利用することにより、いくつかの酒造場から「蔵付き酵母」を分離することが可能であった。また、一部の酒造場からは、個性的な酒質の清酒が得られる「蔵付き酵母」が単離された1)。26S rDNA解析の結果からSaccharomyces cerevisiaeとして同定され、生理学的特徴も、既存の清酒酵母とは異なることが明らかとなった。この分離株を用いた実地醸造試験の結果、香気と酸味に特徴をもった清酒が得られた。
1)畠山明ら:醸協,115,印刷中(2020)
〇尾形智夫、齋藤美邑、土信田有紀 (前橋工科大学生物工学科)
【目的】4-vinylguaiacol(4-VG)等の揮発性フェノール臭物質は、原料由来のフェノール化合物が、微生物によって変換され生じ、ビール、清酒、ワイン等では、一般に異臭とされる。清酒酵母(1)、ビール酵母(2)、ワイン酵母の多くは、4-VG等を産生しないが、Saccharomyces属や、Dekkera/Brettanomyces属の野生酵母が混入すると4-VG等が産生されることがある。S.cerevisiae野生株は、4-VGを産生するが、その産生能には、PAD1とFDC1遺伝子がともに存在することが必須である(1-2)。本研究は、酵母の揮発性フェノール臭の産生機構を解明することで、酒類の品質向上に寄与することを目的としている。
【方法】4-VG等の産生能は、液体培地にフェルラ酸50μg/mlを添加し、産生した培養上清中の4-VG等をHPLCで測定した。
【結果】実験室酵母S.cerevisiae BY4741のPAD1遺伝子は、大腸菌のユビキチン合成に関与し、フラビンモノヌクレオチド(FMN)のプレニル化する酵素をコードするubiX遺伝子(3)と相同性がある。そこで、実験室酵母S.cerevisie BY4741 Δpad1株に、大腸菌のubiX遺伝子を導入し、4-VG産生能が回復するかを調べた。実験室酵母S.cerevisie BY4741 Δpad1の空ベクター導入株は、4-VGを産生しなかったが、大腸菌のubiX遺伝子を導入した形質転換株では、4-VGが産生された。また、S.cerevisiaeのPAD1遺伝子には、53アミノ酸からなるミトコンドリア移行配列と想定される配列が存在していた。この移行配列を除去したPAD1遺伝子を、実験室酵母S.cerevisieBY4741 Δpad1株で発現させたところ、形質転換株では、4-VGが産生された。
【考察】S.cerevisiaeの野生酵母では、PAD1遺伝子がコードするタンパク質によって、FMNがプレニル化され、これが補酵素となって、FDC1遺伝子がコードする脱炭酸酵素によって、フェルラ酸等が4-VG等、揮発性フェノール臭物質に変換されると推察された。また、この脱炭酸反応は、細胞質でおこなわれていると推察された。
(1)Mukai,N.et al.J. Biosci.Bioeng. Vol.109,564-569(2010)
(2)Ogata,T.et al.J. Am.Soc.Brew.Chem.Vol.78,74-79(2020)
(3)White,W.D.et al. Nature Vol.522,502-506(2015)
○渡部貴志、栁澤昌臣、吉野功 (群馬産業技術センター)
【背景と目的】近年の清酒のニーズは多様化しており、蔵付きの乳酸菌を利用した生酛系酒母造りや、純米酒などの昔ながらの清酒も脚光を浴びている。群馬県では、蔵付きの酵母を利用した清酒造りに取り組む酒造会社や、きょうかい7号(K7)系の優良清酒酵母以前の酵母を使用してみたいという酒造会社もいる。しかしながら、K7系以前に取得された昔の清酒酵母の多くは泡有り酵母しかなく、現在の効率化した酒造りに合わせるためには、清酒酵母の泡無し化が必要となってくる。清酒酵母の高泡形成は、発酵の際に発生する二酸化炭素に吸着する細胞表層タンパク質Awa1pの働きによるものであることが分かっており、すでに泡無し化の手法が開発されている。そこで本研究では、酒類総合研究所や日本醸造協会が分譲可能であり、かつ泡無し株が頒布されていない清酒酵母の網羅的泡無し化を行った。
【方法と結果】RIB0001~RIB0007、K1~K5、K8、K12、K13株、赤色酵母およびピルビン酸低生産性K7株を対象にし、Froth Floatation法による泡無し化を試みた。得られた候補株については、水-ベンゼン混濁による簡易識別法により泡無し候補株を選抜した。総米200gの小仕込み試験により、親株の醸造特性の近い株を選抜した。培地の検討を行ったところ、グルコースが多めであることが、Froth Floatation法で泡有り株を泡に吸着させることに重要であった。酒類総合研究所から分譲されたK2株は泡無し株と判定されたが、それ以外の16の株泡有り酵母については、泡無し株を取得できた。さらに、ピルビン酸低生産性K7の泡無し株については、実地醸造試験を行い、ピルビン酸低生産性を維持していることを確認した。
【謝辞】佐賀大学の北垣教授にピルビン酸低生産性K7を用いた泡無し化研究の許可を頂いた。
○シャロン マリー ガリド,小松夕子,斎藤亮太,織田健,岩下和裕 [酒類研]
【目的】麴菌(Aspergillus oryzae)は機能未知の2次代謝物合成遺伝子クラスター(SMsクラスター)を多数有しており,これらSMsクラスターの機能等については,RIB40株を中心にゲノムレベルでの研究が進んでいる.しかし,醸造産業では多種多様な麴菌株が使用されるため麴菌群全体の安全性評価が必要である.これまでに,当研究室ではゲノムアレイ解析を行い,麴菌株群は13のクラスターに分類されることを明らかにしている.そこで,菌株群全体にわたる評価を目的に各クラスターから1菌株(代表株)ずつ選抜し,精密質量分析により農水省が優先してリスク管理を進めている15のカビ毒の生産性について検討した.
【方法】13代表株について米麴や醤油麴を含む11の条件で培養を行ない,疎水性画分をDI-HRMSを用いて分析を行った.標準品のデータが取得可能だった14のカビ毒と比較し,m/zが一致したものについて,さらにUPLC-QTOF/MSにより分析を行い,溶出時間とm/zによる比較解析を行なった.さらに,必要に応じてMS/MS解析を行なった.
【結果】麴菌株と培養条件の組み合わせによりえられた143サンプルについて,効率的に非生産の組合せを除き,時間短縮するためにDI-HRMS分析を行った.つぎにカビ毒と一致したm/zのピークがみられるサンプルについて,UPLC-QTOF/MSにより解析した結果,13種のカビ毒については生産性が見られなかったが,AflatoxinB2について,全ての菌株で,いずれかの培養条件において,溶出時間が近接し,精密質量数(m/z)が一致するピークが見られた.そこで当該ピークのMS/MSのパターンを取り標準品と比較したところ,麴菌由来のものとは全く一致しなかった.以上の事から,全ての麴菌株において,検討を行った14全てのカビ毒生産は見られず,麴菌群全体としても生産性がないことが強く示唆された.
戴凰凰 ¹、浜島弘史 ²、中村強 ³、柳田晃良 ⁴、西向めぐみ ⁵、光武進 ¹、中山二郎 ⁶、永尾晃治 ¹、○北垣浩志 ¹
(¹ 佐賀大学農学部、²(財)佐賀県地域産業支援センター、³ 福岡女子大学国際文理学部、⁴ 西九州大学健康栄養学部、⁵ 岩手 大学農学部、⁶九州大学大学院)
①目的
血清のLDLコレステロールの増加は心疾患のリスクを上げることから先進国における深刻な健康問題である。血清LDLコレステロールは肝臓で作られ、その抑制にはスタチン系薬剤の投与が有効であることが示されているが、日常的に摂取できる食品素材も有力な選択肢のひとつであり、肝臓コレステロール低下効果のある食品素材を周知することは公衆衛生及び保険財政にとって重要である。これまでに我々は甘酒や酒粕、味噌、塩こうじ、濁り酒など日本の発酵食品の多くに含まれている麹グリコシルセラミドを肥満マウスに摂食させると糞中の胆汁酸が増加し、肝臓の代謝を活性化し、肝臓のコレステロールを低下させる効果があることを見出している1,2)ことから、その肝臓コレステロールを低下させる効果を他の食品素材と比較することを試みた。
②方法
魚介類に多いオメガ3多価不飽和脂肪酸、赤ワインに含まれるレスベラトロール、ビタミンB6、大麦水溶性繊維、こんにゃくに含まれるグルコマンナン、ナマコのグルコシルセラミドなどの肝臓コレステロール低下効果を実験動物を使った研究の文献データから比較した。
③結果
麹グリコシルセラミドの1wt%の3週間給餌は肝臓コレステロールを21%減少させたのに対し、オメガ3多価不飽和脂肪酸を含むオキアミ油の1.25%wt%の8週間給餌は23%減少させ、大麦食物繊維の5wt%の9日給餌は26%減少させた。本大会では、他の食品素材の結果と実験系も含めて肝臓コレステロール低下効果について考察したい。
1)日本醸造学会誌、112,9,655-662(2017)
2)Biosci Biotechnol Biochem 83(8):1514-1522(2019).
〇橘信二郎 ¹、小倉裕太 ¹、為定誠 ²、比嘉悠貴 ²、深見裕之 ² [琉球大学農学部 ¹、小林製薬株式会社中央研究所 ²]
【①目的】烏衣紅曲は、中国の浙江省から福建省の地域で伝統的に黄酒醸造に用いられ、主に黒麹菌、紅麹菌および酵母でつくられる混合培養の散麹である。烏衣紅曲に関する研究は、黒麹菌の単離、菌叢解析、製麹方法から見た歴史的背景についての考察が報告されているが、紅麹菌や紅麹に由来する生物活性に関する報告はない。本研究では、紅麹菌と泡盛黒麹菌を用いて烏衣紅曲のモデルとして複菌麹を調製し、麹の性質について調べた。
【②方法】供試菌株として、黒麹菌にAspergillus luchuensis ISH-1(石川種麹)、紅麹菌にMonascus purpureus NBRC 4478およびM. pilosus NBRC 4502を用いた。インディカ米を18時間水道水に浸漬し、水切り後に121oC、20分間オートクレーブ処理したものを麹原料米として用いた。麹原料米に黒麹菌および紅麹菌をそれぞれ植菌し、30oCで静置培養したものを種麹として用いた。麹原料米に黒麹と紅麹の種麹をそれぞれ任意の量で植菌し、1週間静置培養した。得られた烏衣紅曲検体から抽出液を調製し、糖化力分別定量キットを用いて糖化力を測定した。抗酸化活性は、DPPHラジカル消去活性測定法により測定した。抽出色素の吸収スペクトルと色価は、島津分光光度計(UV-1800)を用いて測定した。紅麹菌由来のシトリニンは、逆相カラムを用いた蛍光HPLC法により測定した。
【③結果】複菌麹は、紅麹菌の種類に関係なく、黒麹単独と同程度の糖化力を示した。黒麹の種麹量は、複菌麹の糖化力に影響しないことが示唆された。複菌麹のDPPHラジカル消去活性は紅麹菌に由来し、M. purpureusで高い活性が観察された。抽出した紅麹色素は、M. purpureusに比べてM. pilosusで高い色価を示し、黒麹の種菌量が少ないことでより高い色価を示した。M. pilosusで調製した麹はシトリニンフリーであることが示唆された。
○池田 萌 ¹、森 一樹 ²、奥津 果優 ¹、吉﨑 由美子 ¹、髙峯 和則 ¹、後藤 正利 ³、玉置 尚徳 ¹、二神 泰基 ¹ (¹鹿児島大学大学院農林水産学研究科、²(株)セルイノベーター、³佐賀大学農学部)
【目的】焼酎製造において、白麹菌は糖質加水分解酵素とクエン酸を高生産する。先行研究において、白麹造りにおける遺伝子発現を解析したところ、仕舞仕事の前後でNAD+依存的ヒストン脱アセチル化酵素をコードするサーチュイン遺伝子の発現が変化していた1)。そこで本研究では、白麹菌の糖質加水分解酵素やクエン酸などの生産におけるサーチュインの役割を明らかにすることを目的とした。
【方法】白麹菌においてサーチュインをコードするsirA、sirB、sirC、sirD、sirEの単独破壊株を構築した。また、sirD破壊株については相補株を構築した。これらの菌株を用いて麹を造り、酸度、α-アミラーゼ活性、グルコアミラーゼ活性、α-グルコシダーゼ活性、分生子形成数の測定を行った。また、麹からRNAを抽出し、CAGE(Cap Analysis Gene Expression)法によるトランスクリプトーム解析を行った。
【結果】白麹菌におけるサーチュイン遺伝子破壊株のうち、sirD破壊株において酸度の低下、α-アミラーゼ活性の低下、および分生子形成数の減少がみられた。次に、トランスクリプトーム解析の結果、sirDの破壊により白麹菌のもつ11488遺伝子のうち、1314が発現上昇し、1590が発現低下したことが示唆された。発現が低下した遺伝子には、クエン酸トランスポーター遺伝子と耐酸性α-アミラーゼ遺伝子が含まれており、酸度とα-アミラーゼ活性が低下した結果と一致した。さらに、sirDの破壊による遺伝子発現の変化2)と、先行研究で取得した麹造りにおける遺伝子発現の変化1)を比較した結果、仕舞仕事の前後における遺伝子発現の変化の約3割にsirDが関与する可能性が示唆された。
1)Futagami et al., Appl. Environ. Microbiol., 2015,81,1353-1363.
2)Miyamoto et al., J. Biosci. Bioeng., 2020,129,454-466.
○山口正晃 ¹、門岡千尋 ²、奥津果優 ¹、吉﨑由美子 ¹、髙峯和則 ¹、片山琢也 ³、丸山潤一 ³、玉置尚徳 ¹、 二神泰基 ¹(¹鹿児島大学大学院農林水産学研究科、²筑波大学生命環境系、³東京大学大学院農学生命科学研究科)
【目的】ゲノム編集技術は、その効率の良さと簡便さから様々な生物種での利用が広がっている。本研究では、白麹菌におけるCRISPR/Cas9システムによるゲノム編集実験系を構築することを目的とした。
【方法】まず、Cas9タンパク質の発現ベクターとして、自己複製配列AMA1、ハイグロマイシン耐性マーカー遺伝子hph、ならびにcas9遺伝子をもつプラスミドpFC3321)を用いた。一方、guideRNA(gRNA)の発現ベクターとして、自己複製配列half AMA1、ピリチアミン耐性マーカー遺伝子ptrAをもち、白麹菌由来のU6プロモーターとU6ターミネーターでgRNAを発現するプラスミドpSG12)を構築した。次に、遺伝子ノックアウト効率を評価するためのターゲットとして分生子形成に必要な転写因子をコードするbrlA、硝酸資化に必要な硝酸還元酵素をコードするniaD、α-アミラーゼをコードするamyAを選択し、pSG1に各ターゲット配列を付加した。pFC322と、pSG1に由来する各gRNA発現ベクターを白麹菌にプロトプラスト-PEG法で同時に導入し、ハイグロマイシンとピリチアミンを含有する培地で形質転換体を選択した。取得した形質転換体の表現型の観察、ならびに各gRNAのターゲット配列のシーケンス解析を行った。
【結果】一度の形質転換あたり平均約6株を取得した。取得した計32株の表現型を観察した結果、全ての株でbrlA、niaD、あるいはamyAのノックアウト株に特徴的な表現型が見られた。また、計16株のシーケンス解析を行った結果、全ての株でターゲット配列に塩基の欠損あるいは挿入が生じていることを確認した。以上のことから、白麹菌におけるゲノム編集実験系を構築できた。
1)Nødvig et al., PLoS One, 2015,10,e0133085.
2)Kadooka, Yamaguchi et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 2020 doi: 10.1080/09168451.2020.1792761.
○片岡涼輔 ¹、渡邉泰祐 ¹ ²、山田修 ³、荻原淳 ¹ ² (¹日大院生資科・生資利用、²日大生資科・生命化、³酒総研)
【目的】泡盛の代表的な香気物質の1つである1-octen-3-olは、泡盛における含有量の高さから、官能特性に影響を与える成分であると考えられているが、その生成機構は未解明である。我々は、最近黒麹菌Aspergillus luchuensisが製麹過程で本化合物を生産すること、その生合成に黒麹菌の脂肪酸オキシゲナーゼAlppoCが必須であることを報告した1)。今回は、3種の脂肪酸オキシゲナーゼAlppoA,AlppoC,AlppoD破壊株を用いた泡盛小仕込み試験を実施し、遺伝子破壊が蒸留液中の1-octen-3-ol含有量に与える影響を評価した。AlppoA,C,D過剰発現株を新たに構築し、遺伝子破壊株とともに麹を調製した。これらの麹における1-octen-3-ol生成量の比較解析から、本化合物の生成機構における各遺伝子の役割を考察した。
【方法】AlppoA,C,Dの塩基配列は、黒麹菌ゲノムデータベースに基づいて取得した。AlppoA,C,D破壊株を用いた泡盛小仕込み試験では、得られた蒸留液における1-octen-3-ol含有量をSPME-GC-MSにより定量した。各遺伝子の過剰発現株は、アグロバクテリウム法を用いて構築した。遺伝子破壊株および過剰発現株を用いて調製した米麹における1-octen-3-ol含有量はGC-MSで評価した。
【結果】AlppoC破壊株を用いて調製した泡盛蒸留液からは1-octen-3-olが検出されなかった。したがって、泡盛中の1-octen-3-olは黒麹菌のAlppoCによって生合成され、製造工程におけるその他の因子が生成に直接関与しないことが示された。一方、AlppoAおよびAlppoD破壊株を用いて調製した蒸留液は、親株の蒸留液よりも1-octen-3-ol含有量が高く、麹の分析結果も同様の傾向を示した。AlppoAおよびAlppoD過剰発現株で調製した米麹は、親株の米麹よりも1-octen-3-ol含有量が低かった。これらの結果は、AlppoAおよびAlppoDが本化合物の生産を負に制御することを示唆した。AlppoCの過剰発現株で調製した米麹は、親株の米麹よりも1-octen-3-ol含有量が高かったことから、AlppoCの発現と本化合物の生産性に関連性があることが示唆された。
1)Kataoka et al., J Biosci Bioeng, 129,192–198(2020).
○和田竜之介 ¹,山田美貴 ²,高桑蓮 ²,中田有紀 ²,尾関健二 ¹ ² (¹金工大院・ゲノム研, ²金工大・ゲノム研)
精麦時に排出される小麦フスマ(WB)は1割がデンプン、3割がヘミセルロースで構成されている。ヘミセルロースは血糖値上昇抑制効果を持つD-キシロースやL-アラビノースを含有している。現在、食品加工用のへミセルラーゼ剤は種類が少ない。また、これらの市販酵素剤ではキシロース、アラビノースへの可溶化率は10-20%であり、組成の異なる酵素剤の開発が望まれる。我々は小麦フスマをクエン酸溶液でオートクレーブ処理し、デンプン質を酸加水分解する処理方法を開発した。この処理により脱デンプン小麦フスマ(SFWB)で生育させた2種類の麹菌(Aspergillus oryzae RIB40、A. luchuensis SH34)の酵素抽出液は、アミラーゼ系酵素の生産がほとんどなく、β-キシラナーゼ、β-キシロシダーゼなどを高生産し、従来のへミセルラーゼ剤とは酵素組成が全く異なっていた。しかしながら脱デンプンにはクエン酸溶液と熱水での処理が必要であり、従来法では小麦フスマの150倍の廃液が出てしまうという課題があった。今回の研究では焼酎麹菌(A. luchuensis)に対して、実用化を目指した廃液が出ない前処理方法について検討した。従来法では小麦フスマ1gに対してクエン酸溶液を10倍量添加するが、本研究では2.5倍量とし、スプレーボトルで噴霧してスパテルで攪拌した。その後110℃でオートクレーブ処理し、従来法の熱水洗浄工程を省略して60℃で一晩乾燥させた。栄養源として酵母エキスと硫酸アンモニウムを添加して焼酎麹菌を30℃で7日間培養し、菌体重量及びα-アミラーゼ、β-キシラナーゼ、β-キシロシダーゼの活性を従来法と比較した。菌体重量はWB及び従来法のSFWBと同程度であり、α-アミラーゼ活性はWBの25%程度となった。β-キシラナーゼ活性は70%、β-キシロシダーゼは343%となった。本研究によって、110℃、20分、2.5倍量の条件で、多量の廃液が出る熱水処理工程を省略した廃液が出ない脱デンプン処理方法を開発できた。
〇入江 彰一、山本 竜徳、川崎 勉、森 章、狩山 昌弘(株式会社フジワラテクノアート)
【目的】製麴条件は造りたい麴の品質により多様に存在し、製麴条件の修正は熟練者により麴の出来に応じて行われる。麴の出来は、酵素力価等の分析値や熟練者の経験と感覚(視覚、味覚、嗅覚、触覚)により判断され、中でも視覚情報に依るところが大きい。我々は視覚情報に基づく麴のクラス判定を基に次回の最適製麴条件を情報提供するモデルを搭載した製麴装置を提供することを目的とし、まず画像解析を活用したAI技術による「麴1粒クラス判定モデル」及び「破精分布予測モデル」の構築を試みた。
【方法】製麴試験には「山田錦(兵庫、精米歩合50%)」を使用した。切返盛、仲仕事、仕舞仕事、最高品温、出麴の5時点の米麴からそれぞれ100粒を任意に選定し、米麴の透過光画像を得た。得られた麴1粒画像は、4クラス分類(破精少、破精適度、破精多、破精過多)を行うアルゴリズムで機械学習を行い、「麹1粒クラス判定モデル」構築の検討を行った。入力は、32×32pixelの麹1粒画像、pixel値の度数分布、破精の輪郭検出により算出した破精の面積,周長,白黒比等を用い、出力は製麹担当者のクラス分類結果として学習を行った。また、製麹条件である種付量、吸水率、品温経過等を入力とし、出麹100粒中の4クラスの各比率(破精分布)を出力とした、回帰アルゴリズムによる「破精分布予測モデル」構築の検討を行った。
【結果】「麹1粒クラス判定モデル」については、各クラス2000粒、合計8000粒の麹画像を教師データとして学習した結果、正解率90%以上での判定が可能となった。「破精分布予測モデル」については、200パターン以上の製麹データを教師データとして学習した結果、予測精度の高いモデルを構築できた。製麹条件から出麹の破精分布予測が可能となることで、希望する破精分布を得るための最適製麹条件の情報提供が可能となった。
伊藤俊彦、大植はる華、天野奈緒美、長江祐昌、野下浩二、○橋爪克己 (秋田県大・生物資源 )
①目的:清酒の呈味性ピログルタミル(pGlu)ペプチドエチルエステルを生成する米麹酵素について検討した。
②方法:米麹は黄麴菌RIB128株を用いて清酒タイプの麹を作成した。麹抽出液は酒類総合研究所標準分析法により調製した後、PD-10カラム処理した。酵素活性は、苦味ペプチド(pGlu)LFGPNVNPWHを基質として(pGlu)LFGP-エチルを生成する活性(Aタイプ酵素活性)及び同じ基質から(pGlu)LFGPNVNPW-エチル又は(pGlu)LFGPNVNPWを生成する活性(Bタイプ酵素活性)を、25mM乳酸Na緩衝液(pH3.0)、12%エチルアルコール存在下で測定した。生成するC末端カルボキシペプチドはHPLCによって、エチルエステル化ペプチドはDラベル内部標準物質を用いて高分解能MSにより測定した。酸性カルボキシペプチダーゼ(ACP)活性はCbz-Glu-Tyrを基質とする酒類総合研究所標準分析法により測定した。
③結果:米麹抽出液を弱陰イオン交換クロマトグラフィーにより分析したところ、ACP活性は複数のピークを示して溶出した。一方、(pGlu)ペプチドエチルエステル生成活性はACP活性区分の一部と重複する比較的高い塩濃度域で溶出した。(pGlu)LFGPNVNPWHの加水分解活性及びエチルエステル生成活性はほぼ同じパタ-ンで溶出した。また、A,Bの活性は部分的に重複して溶出した。両タイプの活性を指標に麹抽出液から各種クロマトグラフィーによって酵素の精製を行った。途中のDEAE-5PW弱陰イオン交換クロマトグラフィーでA及びBの活性は分離した。最終的に得られた酵素標品のSDS-PAGE分析結果から多量の糖鎖の存在が示唆された。酵素Aは幅広い(pGlu)ペプチドに対して活性を示し、(pGlu)LFGP-エチル生成活性が酵素Bよりも強かった。一方、酵素Bは(pGlu)LFGPNVNPWHに強い活性を示し、加水分解物と(pGlu)LFGPNVNPW-エチルを生成した。
○飯泉 湧 相良 純一 (金沢工業大学大学院 工学研究科 バイオ・化学専攻)
【背景・目的】麹菌(Aspergillus oryzae)は、日本の国菌に指定され、発酵産業の根幹となっており、中でも発酵食品は日本の伝統文化を伝える重要な食品となっている。麹菌は、二次代謝産物の生産に関する遺伝子を有しており、様々な二次代謝産物を生産することができる。しかしながら、麹菌の代謝経路の詳細はすべて明らかにされていない。生育培地の成分の違いによる代謝産物の相違について検討することにより、生産する物質を産業および工業的に有効活用できることが期待されている。一方、酒造産業で使用される麹は米を培地として麹菌を生育したものであり、この時に使用される米はお酒の質に合わせて4~7割磨かれている。そのため、大量の米糠が副産物として産出されている。米糠には油脂成分や水溶性成分の栄養成分が含まれている。主に油脂成分においてはγ-オリザノール、フェルラ酸、トコフェノール、水溶性成分にはビタミンB群、イノシトール、フィチン酸などが含まれている。しかし、これらは産業廃棄物として廃棄されている。米糠に含まれている成分は人体および工業的に有用な成分であり、それぞれの成分について幅広い応用の可能性がある。そこで本研究では、米糠に含まれている水溶性有用成分に着目し、米糠を培地として麹菌を培養し、生産された酵素を有効利用することを目的とした。
【方法】YPD培地と米糠YPD培地、米糠液を作製した。米糠YPD培地には米糠液の最終濃度を5%とした。それぞれの培地に清酒麹とRIB40を植菌し、18時間振盪培養を行った。その後、SDS-PAGEを用いて、生産されたタンパク質の相違の検討を行った。
【結果】SDS-PAGEの結果より、YPD培地と米糠YPD培地、米糠液からそれぞれ異なるバンドが見られた。このことにより、麹菌は培地の異なる栄養成分によって、異なる物質を生産したと考えられる。
〇中嶋理奈、冨田晴雄、宮藤章(大阪ガス株式会社)
【目的】蒸米や炊飯米を放置すると、老化と呼ばれる現象が生じ、水分や結晶構造が変化すると同時に、消化性が低下する。酒造りにおいては、醪中での米の溶けやすさを制御するために、その特性を利用し、掛米を老化させることが多い。しかし、老化環境が消化性に及ぼす影響については、詳しく知られていない。そこで、本研究では、酒造用原料米の老化環境と消化性の関係性についての評価を試みた。また、老化工程中にリアルタイムで老化米の消化性を評価する技術の構築を行った。
【方法】精米歩合70%のH28年産「五百万石」(福井県産)を用いて蒸米を作成した。その後、以下の異なる3条件で蒸米を老化させた。①15℃密閉保管、②15℃開放保管、③15℃風速約2m/sの風を当てて保管。上記①~③の条件で老化させた米に対し、老化開始から1時間毎に米を一定量採取し、含水率測定、XRD測定、消化性測定(Brix値測定)を実施した。
【結果】本試験の結果、①密閉で保管した米は、保管時間に伴った含水率変化は生じず、結晶構造は保管時間に伴い変化し、消化性も保管時間に伴い低下した。一方で、③風を当て保管した米は、保管時間に伴い含水率が大きく低下したものの、結晶構造は変化せず、消化性の変化も見られなかった。また、②開放系で保管した米の含水率、結晶構造、消化性は、①、③の結果の中間的な変化を示した。以上の結果から、酒造用原料米の老化環境が結晶構造の変化に影響を及ぼし、さらには消化性にも影響を及ぼすことが分かった。したがって、現場環境で老化程度および消化性を予測することが重要であると示唆された。現場での老化米の消化性予測を行う上で、老化程度を評価する技術は既にいくつか報告されているが、本研究では、老化米の画像解析によってリアルタイムに消化性を予測する手法を構築し、本手法を用いて予測した消化性は、測定で得た消化性との相関があることを確認した。
○高堂泰輔(1)、藤原久志(1)、若井芳則(1)、冨田晴雄(2)、中嶋理奈(2)、宮藤章(2)
(1)黄桜株式会社 (2)大阪ガス株式会社 エネルギー技術研究所
【目的】我々はこれまでに、浸漬過程の可視化を通して、酒造用原料米の浸漬時に発生する水浸裂傷や吸水率の経時的な定量評価の手法を開発し1),2)、水浸裂傷が吸水を加速させることを示した。しかし、その影響力の評価については定性的なものに留まっていた。そこで本研究では既存の水分拡散モデル内に水浸裂傷の影響を組み込むことで、水浸裂傷が吸水に与える影響のモデル化を試みた。
【方法】H29,H30年産「祝(京都)」「山田錦(兵庫)」、「五百万石(京都)」「五百万石(福井)」「雄町(岡山)」「吟吹雪(滋賀)」「おくほまれ(福井)」計2ヶ年各7種類の玄米を精米歩合60%まで精米し、白米水分12%に調湿後、試験に供した。吸水過程の撮影は既報1),2)に従い実施し、水浸裂傷発生のモデル化と予測含水率の算出をおこなった。基本となる水分拡散モデルとしては既報3)のFickの拡散方程式における球体モデル(以下、既存モデル)を用い、水浸裂傷の発生を球体分割による球体半径の経時的な減少に帰することで、水浸裂傷の影響を組み込んだモデル(以下、Crack-ABSモデル)とした。
【結果と考察】既存モデルを食用米の浸漬過程に適用した場合、決定係数が0.98となることが報告されているが3)。本試験において酒造好適米に適用した場合、0.64となり、精度が低くなった。対して、Crack-ABSモデルを適用した場合は0.99となり、水浸裂傷の影響を球体分割として組み込むことで酒造好適米の吸水をモデル化できることが明らかとなった。実測値とモデルの曲線形状に着目すると、雄町において、その差が大きいことが分かった。雄町は総水浸裂傷長が全試料中最も長いことから、水浸裂傷の発生個所が吸水部である確率も高く、モデルにおいて水浸裂傷が吸水に与える影響が過大評価されたためであると推察された。
1)高堂ら醸協114(11):697-706,(2019),
2)中山ら,平成30年日本醸造学会大会講演要旨
3)佐藤ら農機誌73(5):313-320,(2011)
○村山雅俊 ¹、平吉明日香 ³、小松夕子 ³、室井佑介 ²、川上晃司 ²、小林拓嗣 ³、岩下和裕 ³[1 八海醸造(株)、 2(株)サタケ、3 酒類研]
【目的】これまでに我々は,小仕込みにより球形・原形・扁平精米を比較し,白米の形状が,酵素力価や発酵特性,一般成分,香気成分,清酒メタボロームに大きな影響を与えることを明らかにしてきた.これら一連の分析により50%原形・扁平精米が,従来の35%球形精米に匹敵することが示唆された.しかし,小仕込みは実際の醸造条件と大きく異なる.そこで35%球形・50%原形精米を用い100kgの試験醸造と分析,官能評価を行なった.
【方法】R1BY山田錦を原料に,GCロール,cBNロールでそれぞれ35%球形,50%原形精米を行なった.続いて,酒母・添麴を各1ロット,仲・留麴を各2ロットずつ作成した.さらに,総米100Kgの三段仕込みを二本ずつ行なった.すべての工程で蒸米水分含量と推移,温度経過がほぼ同様になるように制御した.得られた米麹と清酒について,酵素活性測定,一般分析,香気成分分析,醸造酒メタボローム分析,官能評価を行なった.
【結果】おおよそ目的の白米の形状がえられ,各仕込み経過の差は最小限に抑えられたが,モロミで原形白米のキレがやや早い傾向が見られた.各米麹の酵素活性,酒母の一般成分に有意な差は見られなかった.アルコール収得量,カス歩合には違いが見られず,清酒の一般分析でも,ほぼ同一の結果が得られ,日本酒度とグルコース濃度に極僅かな有意差が見られた.香気成分生成でもよく一致し,ブタノールとイソアミルアルコールに極僅かな有意差が見られた.メタボロームの比較解析については,小仕込みの50%原形・球形白米清酒の比較においては,25%の成分に差がみられたのに対し,差のある成分が0.4%と非常に少なくなっていた.官能評価結果でも同等の結果となった.以上の結果から,50%原形精米による清酒は35%球形精米に極めて近い特性を有することを明らかにした.
・斎藤研究員,長岡技術科学大学の大武氏をはじめ,試験醸造に協力いただきました多くの方に感謝申し上げます.
○岩下和裕 ¹、平吉明日香 ¹、山田景太 ¹、村山雅俊 ³、小松夕子 ¹、室井佑介 ²、川上晃司 ²、吉田裕一 ¹、江 村隆幸 ¹[1 酒類研,2(株)サタケ,3 八海醸造(株)]
【目的】これまでに我々は,小仕込みにより球形・原形・扁平精米を比較し,白米の形状と種々の醸造特性との関係,メタボローム分析を中心とした清酒成分との関係を明らかにしてきた.その結果,70%精米において,球形精米と比較して原形・扁平精米では,粗タンパク質が大きく低下する一方で,酵素力価が変動し,発酵速度が速くなりエタノール濃度が高くなるものの,酸度や高級アルコールや酢酸エチルが低下し,カプロン酸エチルが上昇するという変化が見られた.そこで,プラント規模の清酒製造での変化を検討するため,100㎏規模での仕込みを行ない球形・原形白米の製成酒の比較を行なった.
【方法】速醸酒母,三段仕込みで実施し,球形・原形白米ともに,水分含量や温度経過など出来るだけ同じになるように制御した.酵母はきょうかい7号酵母を用いた.分析は,全国酒米統一分析法,所定分析法,醸造酒メタボライト分析法等に基づいて行った.
【結果】球形精米はGCロール,原形精米はcBNロールを用いて実施した.おおよそ目的の形状の白米が得られ,球形の粗タンパク質は玄米の71.3%,原形は63.4%まで減少した.醸造工程は出来るだけ同様に制御したが,原形で発酵性が良く,酒母を早く分ける必要が生じた.酵素力価は,小仕込みと同じ傾向で,α-アミラーゼは同等で,他の酵素力価は原形の方がやや高くなる傾向がみられた.もろみでは,原形で最高ボーメが高く,発酵が進む傾向がみられた.製成酒の一般成分分析では,原形精米でエタノール濃度が高い他はほぼ同等の分析値となった.香気成分も球形白米で酢酸エチルは低い以外はほぼ同等の結果が得られた.しかし清酒メタボローム解析では,大きく異なり原形に対し、球形多い成分が多数見いだされた.官能評価では,球形白米(2.96)に比べ原形白米(2.72)で良い結果となった.
福田様,正木様をはじめとして,試験醸造に協力いただきました多くの方に感謝申し上げます.
○平吉 明日香¹、平田 章悟¹ ²、福本 浩史¹ ³、小松 夕子¹、小林 拓嗣¹、矢澤 彌¹、室井 佑介⁴、川上 晃 司⁴、岩下 和裕¹ ² ³(¹ 酒総研、² 広島大院・統合生命、³ 広島大・工、⁴ 株式会社サタケ)
【目的】清酒製造において、精米は清酒の風味に大きな影響を与える重要な工程であり精米歩合とともに、白米形状も大きな影響と考えられている。そこで我々は、形状を含めた精米の意義について検討するために、ラボスケールで20-70%球形、40-70%原形・扁平精米による白米の分析、試験製麴・醸造試験(n=2)、製成酒の醸造酒メタボライト分析法(n=3)などによる分析を行い、特性を解析してきた。特に、精米歩合(40%-70%球形白米)と清酒成分(清酒メタボロームデータ)との関連を解析するために、OPLS回帰分析を行ったところ、非常に精度の高い回帰式を作成することが出来た。このことは精米歩合と清酒成分が密接に関連するとともに、清酒の成分から球形白米の精米歩合が予測できることを示す。そこで、原形・扁平白米の清酒成分から、各精米歩合を予測したところ、実際の精米歩合よりも低く予測され、原形・扁平の40%、50%、60%白米は、球形白米の約20,35,50%と予測された。我々はさらに清酒のメタボローム解析を実施して、各精米歩合および白米形状の清酒への影響について検討を行った。
【方法および結果】これまでに行った主成分分析の解析結果から、大きく3つのグループに分けられるように見えたことから、各清酒のメタボロームを用いて、複数の方法で階層型クラスター解析を行った。その結果、いずれの方法でも3つの大きなグループに分かれた。まず、70%原形、60,70%扁平白米の清酒が他の清酒と大きく異なり、さらに、50,60,70%球形白米の清酒群とそれ以外の清酒群に分かれた。つまり、胚芽残りクラスター、球形50%以上のクラスター、球形40%・扁平50%・原形60%以下のクラスターに分かれることとなった。これらの結果は、3つのクラスターと玄米の構造との関連を示唆する。これらそれぞれのクラスター間で、清酒成分どのような成分に違いがあるのかについては現在解析中である。
○平田悠達,梶原一信,橋本悠希,川上晃司(株式会社サタケ)
大場健司,荒瀬雄也,山﨑梨沙,大土井律之(食品工業技術センター)
【目的】我々はこれまでに,扁平精白米と球形精白米の酒造適性について報告した1)2)。今回は,扁平精白米と球形精白米に加え,原形精白米の酒造適性について検討したので報告する。
【方法】令和元年広島県産「八反錦1号」の精米歩合60%,50%の球形精白米,精米歩合60%,50%の原形精白米,精米歩合60%の扁平精白米を使用した。各試料は,㈱サタケ製小ロット醸造精米機(EDB15A)で,砥石にcBNロールあるいはGCロールを使用して精米した。分析として,外観検査,粗タンパク質,脂質,無機成分,吸水性および消化性の評価を行った。
【結果】外観検査では,原形精白米の精米歩合50%で砕米率が最も高くなり,扁平精白米の60%で胚芽残存率が最も高くなった。球形精白米の無効精米率は,原形精白米,扁平精白米と比較して高くなった。精米歩合60%の粗タンパク質は,球形精白米(4.7%),原形精白米(4.3%),扁平精白米(3.8%)の順で減少した。
球形精白米の精米歩合50%と原形精白米の精米歩合60%の粗タンパク質が同等であり,扁平精白米の精米歩合60%の粗タンパク質は更に少なくなった。脂質および無機成分は,球形精白米,原形精白米に比べて扁平精白米で多くなった。これは,胚芽残存の影響と考えられる。20分および120分吸水性については,球形精白米の方が原形精白米,扁平精白米より高くなり,原形精白米と扁平精白米は同等であった。蒸米吸水性は球形精白米が一番高く,次いで原形精白米,扁平精白米となった。これは,球形精白米に比べて原形精白米,扁平精白米は吸水速度と最大吸水率が小さく,保水力が小さいことを示している。各精米形状で吸水速度が異なる傾向があることから,形状によって吸水時間を調整する必要があると考えられる。
【参考文献】
1)平成30年度日本醸造学会大会講演要旨集,(2018)
2)令和元年度日本醸造学会大会講演要旨集,(2019)
〇中島奈津子、高橋亮、猪俣有唯、松本大志、齋藤嵩典、鈴木賢二(福島県ハイテクプラザ会津若松技術支援センター)
【目的】福島県内の酒造場では、県産酒造好適米を用いた特定名称酒の製造量が増加しており、「夢の香」に続く新しい県オリジナル酒造好適米の開発が望まれていた。そこで、福島県農業総合センターと共に栽培特性や醸造特性に優れた品種の育種選抜を進め、令和元年に「福乃香(ふくのか)」が新たに品種登録された。「福乃香」はタンパク質含量が少なく、軽快かつ上品な酒質になりやすい。また、大きな心白を持ち、溶解性が高く、アルコール収得に優れている。酒造好適米としての幅広い活用を目指し、新たに導入した精米機を用いた扁平精米を実施し、精米形状ならびに醸造特性について原形精米との比較を行った。
【方法】令和元年産「福乃香」について、醸造用精米機ED-15A(㈱サタケ)を用いた扁平精米を行いて調製した精米歩合80~40%までの扁平精米試料と精米歩合70~45%の原形精米試料について、形状、粗タンパク含量、カリウム含量、初期吸水速度を比較した。
【結果】「福乃香」は心白発現率が高く、心白も大きいため、高い精米技術が必要である。しかし、適切な扁平精米プログラムを設定することにより、精米歩合40%の高精白を達成した。また、扁平精米試料は精米が進むにつれ均等に厚みが削られていることを確認した。粗タンパク含量については、低精白米において、扁平精米で効果的に減少できることを確認した。また、カリウム含量は精米形状によらず、精米歩合とともに減少した。「福乃香」は心白が大きいため、初期吸水が早く割れが生じやすい。このことについて、扁平精米のほうがやや吸水が早い傾向があり、精米形状によって吸水速度に影響を及ぼす可能性が示唆された。また、どちらの精米形状でも浸漬時の水温を調整することによって吸水速度が緩やかになることを確認した。このことから、心白の大きい原料米であっても、適切な原料処理を行うことで浸漬割れを防ぐことができると考えられる。